言えない。言わない。

まだ空は薄い青だった。

黒瀬家の玄関が、そっと開く。

カチャ。

小さな音。


月乃「おはよーございまーす……」


声は小さいつもり。でも、少し弾んでいる。

キッチンのほうから顔を出した玲央ママが、目を丸くする。


玲央ママ「あら!おはよう!つーちゃん!!」


玲央ママ「……え!?どうしたの!?早起きじゃない!?」


月乃は胸を張る。


月乃「だって今日は一年に一度の、れおの誕生日だから」


迷いなく、まっすぐ。

玲央ママは、ふっと息をのんだ。

それから、やわらかく笑う。


玲央ママ「……そうだねぇ」


少しだけ目がうるむ。


玲央ママ「まだ寝てるよ。上いっておいで!起こしてあげて」


月乃「うん!」


階段を駆け上がる足音。


玲央ママはその背中を見送りながら、ぽつり。


玲央ママ「一番だね」


二階のドアがゆっくり開いた。

玲央は、まだ布団の中。


月乃「れお!」


もぞ。


玲央「……なに……」


寝ぼけ声。

月乃はベッドの横に立つ。


月乃「おたんじょうび、おめでとう!」


朝いちばんの言葉。

玲央はゆっくり目を開ける。

月乃はちゃんと着替えて、髪も整っている。


玲央「……なんで起きてんの」


月乃「一番に言いたかったから」


当たり前みたいに言う。

玲央はしばらく黙る。


月乃「わたしが一番?」


玲央「……たぶん」


月乃「やった!」


小さく跳ねる。

玲央は布団から起き上がった。


玲央「朝、はや……」


月乃「だって今日だよ?」


特別でしょ?って顔。



月乃「毎年、言いにくるね」


さらっと言う。


玲央「……起きれたらな」


月乃「起きれるもん!」


少しだけ、ポケットをごそごそする。


月乃「じゃーん!!!」


玲央「……なに?」


小さな封筒を取り出した。


月乃「これ、あげる」


玲央「なにそれ?」


月乃「プレゼント!」


玲央は封筒を開けた。

中に入っていたのは、小さな写真。

雲が少しある青い空。

端に、公園の木の枝が少し写っている。


玲央「……空?」


月乃「この前、公園で遊んだ日の」


少しうれしそう。


月乃「すごい晴れてたでしょ」


玲央は写真を見る。

青い空。


月乃「晴れてる日は、好き。いっぱい遊べるから」


月乃「……だからね、好きな日の1枚あげたかったの!」


それだけ言って、ぱたぱたと走っていく。


部屋に静けさが戻る。

玲央は、もう一度写真を見る。

ただの空なのに。

あの日の風が、少しだけよみがえった気がした。

玲央は、写真を机の上に置く。

窓の外を見た。

青い空だった。

机の上の写真と、同じ色。