言えない。言わない。

まだ朝は冷えていた。

空はうすい青で
吐いた息が白くにじみながら消えていく。

天音家の玄関が勢いよく開いて
月乃がそのまま外へ飛び出してきた。

マフラーもつけていない首には
さっきもらったばかりの
白いカメラが揺れている。


母「コート着なさい!」


月乃「あとでー!」


返事だけして、もう止まらない。

庭の真ん中まで走っていくと
そのまま足を止めて空を見上げた。

冬の空は高くて、澄んでいて
冷たい色をしていた。

月乃はカメラを両手で持ちながら
教えてもらった通りにボタンを探した。

小さく息を止める。


カシャ。


音が鳴った瞬間、月乃の目がぱっと輝いた。


月乃「撮れた!?」


急いで液晶をのぞき込む。

そこには少し傾いた空と
端っこに電線まで写っていた。

月乃は嬉しそうに笑った。


月乃「空、ちゃんといる」


もう一枚。


カシャ。


今度は地面を撮る。

自分の靴も
庭の端の植木も、朝日に光る窓も。

消えちゃいそうなものを、全部残したかった。

夢中でシャッターを押していると
隣の家の窓がゆっくり開いた。

寝ぐせのついたままの玲央が
眠そうな顔をのぞかせた。


玲央「……なにしてんの」


月乃は勢いよく振り向く。

カメラを抱えたまま、満面の笑みを浮かべた。


月乃「カメラもらった!!」


玲央「朝からうるさ……」


月乃「何言ってんの〜???
今日、クリスマスだよ!!」


その言葉に、玲央の顔が一瞬止まる。

次の瞬間、ぱっと目を開いた。


玲央「……っ、は!?
今日クリスマスじゃん!!」


どたどた、と
黒瀬家の二階を駆け下りる音が響く。

その直後、家の奥から大きな声が飛んできた。


玲央母「こらー! 朝からうるさいっ!!!」


しばらくして、今度は玄関が勢いよく開いた。

玲央がそのまま庭へ飛び出してきた。


玲央「つきのーーー!!!」


手に抱えていたのは
黒と青のスケートボード。

朝日を受けたタイヤが、きらりと光った。


月乃「なにそれ!!」


玲央「スケボー!」


得意げに持ち上げる顔が
いつもより子どもっぽい。


月乃「乗れるの!?」


玲央「たぶん!」


言いながら、もう地面に置こうとしている。

月乃は慌ててカメラを構えた。


月乃「待って待って!」


カシャ。


玲央「今撮るな!」


月乃「だって今日のれおは
今日のれおだもん!」


その言葉に、玲央は口を尖らせた。

でも、ちょっと嬉しそうだった。

ゆっくり片足を乗せる。

ぐらっと体が揺れた。


月乃「きゃはは!」


玲央「笑うな!」


バランスを取りながら、なんとか踏ん張る。

そのまま、ガラッ、と少し前に進んだ。


玲央「見たか!?」


月乃「すごい!!」


カシャ。


カシャ。


夢中になって撮り続ける。

玲央は笑いながら顔をしかめた。


玲央「転ぶぞ!」


月乃「大丈夫!」


笑い声が
冷たい朝の庭いっぱいに広がっていく。

しばらくして、玲央がスケボーを抱え直した。


玲央「公園行こうぜ」


月乃「え?」


玲央「広いとこ行きたい」


その言葉に、月乃の目がまたきらっと光った。


月乃「行く!!」


すぐに駆け出そうとした瞬間
ふたつの声が重なった。


月乃母「コート!」


玲央母「朝ごはん!」


玲央と月乃は顔を見合わせた。


月乃「すぐ戻るから!」


玲央「すぐ食う!」


ほとんど同時だった。

庭には朝日が差し込みはじめている。

スケボーのタイヤが光をはじき
月乃のカメラのレンズも小さくきらめいた。

ふと、母の言葉を思い出す。


『思い出ってね、
動いた人のところにできるの』


意味はまだ全部わからない。

でも、胸のどこかにはちゃんと残っていた。

思い出は、待ってくれない。

だから今日も、もう動き出している。