言えない。言わない。

まだ外は薄暗かった。

夜の名残みたいな静けさの中で
天音家の二階から
どたどたと慌ただしい足音が響いてくる。

いつもなら何度起こしても
布団から出てこないのに、今日は違った。

階段を駆け下りる音が続いて
そのままリビングのドアが勢いよく開く。


月乃「きた!?きたよね!?」


息を弾ませたまま問いかけると
父は新聞を下ろして笑い
母はキッチンから顔を出した。

その視線の先
リビングの端にあるクリスマスツリーの下に
小さな箱が置かれている。

赤いリボンのついた箱を見つけた瞬間
月乃は動きを止めた。

期待と不安が混ざったまま
そっと息をのみ込む。


月乃「……ほんとに?」


両親が静かにうなずくと
その答えを確かめるように
ゆっくり近づいていく。

手を伸ばして箱を抱き上げると
そのまま胸にぎゅっと引き寄せた。


月乃「サンタさん……」


小さくつぶやいてから
慎重にリボンをほどく。

指先が少しだけ震えていたが
それでもゆっくりとふたを開けた。

中にあったのは、小さな丸いカメラ。

白くて、手に取るとほんの少し重みがあった。


月乃「……カメラ?」


戸惑うように見つめる月乃に
母がしゃがんで目線を合わせる。

そのままやわらかく言葉を重ねた。


母「月乃、思い出ってね
心の中にしまってるでしょ。」


母「それが
いっぱいになっちゃうときがあるの。」


父がその隣で、静かに続ける。


父「でもな、残すこともできる。」


月乃はカメラを両手で持ち直す。

さっきまでの軽さとは違う重みが
手の中に残っていた。


母「大事なものはね
ちゃんと残していいんだよ。」


父「楽しかった日も、空も
大切な人たちも。」


その言葉を聞いて、月乃は少し目を伏せた。

胸の奥に浮かんだものを確かめるみたいに
小さく問い返した。


月乃「……なくならない?」


母は迷わずうなずく。

その答えをやわらかく受け止めるように
声を落とした。


母「うん。なくならない。」


父「思い出は、形にしていい。
残していいんだよ。」


その言葉に、月乃の目が少し潤んだ。

けれどすぐに顔を上げて、にこっと笑った。


月乃「じゃあ、いっぱい撮る!」


明るく言い切ると
部屋の空気が一気に軽くなる。

父が笑いながら肩をすくめた。


父「まずは朝ごはんだろ。」


月乃「あとで!」


母がくすっと笑いながら、首をかしげた。

いつもと違う朝の様子に
やさしく声をかけた。


母「ふふっ、珍しいね。自分で起きたの?」


月乃は得意げに胸を張る。

さっきまでの不安なんてなかったみたいに
まっすぐ答えた。


月乃「だってクリスマスだもん!」


父「毎日それくらい早かったら
助かるんだけどな〜」


月乃「やだ〜」


そのやりとりに、笑い声が広がる。

まだ暗さの残る部屋の中で
ツリーの電飾だけが静かに光っていた。

その光を見つめながら
母がぽつりとつぶやく。

誰に向けたわけでもない
でもちゃんと届く声だった。


母「……思い出ってね
動いた人のところにできるの。」


意味は全部わからないのに
月乃の中にはちゃんと残る感覚だけがあった。

カメラを胸に抱きしめる。

なくならない、
ちゃんと残せる――そのことが
うれしかった。


月乃「……わかった。大事にする。」


小さく言って、もう一度ぎゅっと抱きしめる。

その温度を確かめるみたいに
しばらくそのまま動かなかった。