言えない。言わない。

午後の雨は、まだ静かに降っていた。

公園からの帰り道の湿った空気を
そのまま連れてくるみたいに
玄関の外には細い雨音が続いている。


月乃・雫「ただいまー!!」


扉を開けた勢いのまま声を重ねると
すぐに奥から明るい声が返ってきた。


月乃ママ「おかえりー!」


月乃ママ「雨降ってきたでしょ!?
大丈夫だった?」


近づいてきて
そのままタオルでふたりの髪を
ぽんぽんと拭く。

水気を吸われるたびに
外の冷たさがゆっくりほどけていく。


月乃ママ「しーちゃん
ママお迎え来てるよ!」


リビングの方へ声をかけると
すぐに奥から返事が返ってきた。


雫ママ「おかえり!」


その声に顔を上げて
雫は靴を脱ぎながらそちらを見る。

濡れた靴底が床に小さな跡を残していた。


雫ママ「濡れたんじゃない?」


雫は少し間を置いてから、首を振る。


雫「ううん。そんなに濡れてない。」


そう言いながら
手に持っていた傘に視線を落とす。

見慣れない重さが、まだ手の中に残っていた。


雫「知らない子に、傘借りちゃった。」


ぽつりとこぼした言葉に
雫ママは目を丸くする。

でもすぐにやわらかく表情をゆるめた。


雫ママ「あら。よかったね。」


雫ママ「優しい子だね。」


その言い方に、雫は小さくうなずく。

思い出すみたいに、さっきの背中が浮かんだ。


雫「……うん。」


短く返したあとも
指先は傘の持ち手を軽くなぞっていた。

もういないはずの気配だけが
そこに残っていた。


雫ママ「今度、返しに行こうか。」


その言葉に、雫は顔を上げる。

静かにうなずいた。

外では、まだ雨が降り続いている。

その音に混ざるみたいに
さっきの出来事が胸の奥に小さく残っていた。