言えない。言わない。

午後の空は、少しだけくすんだ色をしていた。

公園の端にあるブランコが
ぎい、ぎい、とゆっくり鳴っていて
風の気配が静かに残っている。

月乃と雫は並んで座り
足を前に出しながら小さく揺れていた。

地面にまだしっかり届かないつま先が
時々かすかに砂をこする。


月乃「もうちょっと高くできるかな」


体を前に倒して勢いをつけるが
思ったよりも上がらない。

それを見て、雫が少しだけ身を乗り出した。


雫「つきの、それだとあんまり上がらないよ」


雫「こうやってね」


前にぐっと体を出してから、後ろに反らす。

その動きに合わせて
ブランコが少し高く持ち上がった。


月乃「おおー!」


目を輝かせて、同じように真似をする。

ぎい、ぎい、と揺れる音が
少しだけ大きくなる。


月乃「しずく、すごい!!」


雫「そんなことないよ〜」


ふたりの間に、軽い笑いがこぼれた。

そのときだった。

ぽつ、とブランコの座面に
丸い跡がひとつ落ちた。

月乃は動きを止めて、ゆっくり空を見上げた。


月乃「……あ」


さっきまで高かった雲が
少し低く近づいている。

ぽつ、ぽつ、と雨粒が増えていく。


雫「雨だ」


気づくと同時に
雫はすぐにブランコから降りた。

鞄から小さな傘を取り出して、ぱっと開く。


雫「つきの、こっち」


月乃の方へ傘を寄せると
頭の上はしっかり覆われた。

そのかわり、雫の肩が少しだけ外に出ていた。


月乃「しずく、濡れてるよ」


雫「大丈夫だよ」


そう言いながらも
雨は少しずつ強くなっていく。

細かい音が地面を打ち始めて
空気の温度が変わる。

そのとき、後ろから気配が近づいた。

ふっと影が重なって
もう一本の傘が雫の上にかかった。

思わず振り向くと
見知らぬ男の子が立っていた。


男の子「君が濡れちゃうじゃないか」


突然のことに
雫は少し戸惑ったように目を瞬かせる。

それでも、すぐに言葉を返した。


雫「え、ちょっと待って」


雫「それじゃあ、君も濡れちゃうよ」


男の子は軽く笑って、肩をすくめる。


男の子「俺の家、そこだから」


公園の出口の方を指さした。

そのまま傘をぐっと押し出して
雫の方へ差し込む。


男の子「ちゃんと入れよ」


言い切ると、くるりと背を向けた。

そのまま雨の中を走っていく。

雫は一瞬だけ動けず、その背中を目で追う。

でも、すぐに視界から消えてしまった。


月乃「……知ってる人?」


隣からの声に、雫は小さく首を振る。


雫「ううん」


短く答えて、もう一度だけ後ろを見る。

けれどそこにはもう、誰の姿もなかった。

雨は静かに降り続いている。

ふたりは小さな傘の下で寄り添うようにして
公園を出て歩き出した。

濡れた地面に足音を落としながら、
さっきの出来事だけが
胸の中に、静かに残っていた。