言えない。言わない。

夜は静かだった。

窓を開けると
昼とは違うひんやりした風が入り込んでくる。

そのまま外に目を向けると
隣の二階の明かりが見えた。

さっきまで並んで歩いていた距離を
思い出して、視線が少しだけそこに止まる。

見えるところにいてほしい
とぼんやり思った。

理由は、まだうまく言えない。

でもそのまま、しばらく灯りを見ていた。

庭はすっかり静まり返っていて
昼間に吹いていた風ももう止んでいる。

遠くのテレビの音がかすかに混ざる中で
虫の声だけが細く続いていた。

公園でのことが、ふと浮かぶ。

砂の感触や、あのときの空気を
なぞるみたいに、順番に思い出していく。

月乃、怒ってたかな。

それとも、もう忘れてるかな。


『いなくならないでよ』


かくれんぼの日に聞いた声と
少し揺れた目が重なる。

今日、公園で振り向いたときの顔も
そのまま続いて浮かんだ。

月乃は、見えなくなると不安になる。

だから、ボールの音が好きだって言った。


『ちゃんといるって、わかるから』


その言葉を思い出して
もう一度隣の窓を見る。

そこにいると分かるだけで
胸の奥のざわつきが少し落ち着いた。

ふと思った。

自分は『いなくならない』って言ったけど。

月乃はどうなんだ。

ちゃんと隣にいてほしい。

見えなくならないでほしい。

誰かと笑ってもいいけど
遠くに行かないでほしい。

公園で、知らない子が隣にいたとき。

あれが、なんか、少しだけ嫌だった。

理由はうまく言えない。

でも、その感覚だけは消えずに残っている。

隣の部屋の灯りがあるだけで、安心する。

いなくなってない。

ここにいる。

ベッドに寝転がると
窓の外の光がそのまま視界に入る。

見えるって、いいなと、ぼんやり思った。

少しだけ、月乃の気持ちがわかった気がする。

それでもまだ、言葉にはならないまま
その感情だけが胸の奥に残っていた。

形になる前のまま、静かに。