言えない。言わない。

秋の空は高かった。

風は涼しくなってきたのに
陽の光はまだやわらかくあたたかい。

天音家の庭に
小さなテーブルが出されていて
その上には白い箱がひとつ置かれていた。

月乃はその前に立ったまま
少しだけ首を傾げて箱を見つめている。


月乃「……これ、なに?」


その声に、雫が楽しそうに笑った。


雫「なにって、今日なんの日?」


月乃は一瞬だけきょとんとして
それから箱とふたりを交互に見る。

何が起きているのかを確かめるみたいに
少し間が空いた。


月乃「……これ、もしかして」


雫がうなずく。


雫「うん。誕生日」


その一言で、月乃の目がゆっくり開く。


月乃「……え」


玲央「気づくのおそ」


月乃「だって……」


驚いたまま、視線を少し落とした。


月乃「……ほんとに?」


声が少し上ずる。

その反応に、ふたりは顔を見合わせて笑った。

今日は、10月6日。

月乃の誕生日だった。

雫は箱を両手でそっと押し出す。


雫「開けてみて」


月乃はリボンに指をかけて
ゆっくりほどいた。

中をのぞき込んだ瞬間
目がわずかに見開かれる。

水色の小さなヘアピンと
星の形のキーホルダー。

やわらかく光っていた。


月乃「……かわいい」


視線を落としたまま、静かにこぼれる。


玲央「雫が選んだ」


雫「れおも一緒に選んだよ」


玲央「……まあな」


照れたみたいに目を逸らす。

月乃はふたりを見て
それからもう一度箱の中に目を戻した。


月乃「……でも」


雫「ん?」


月乃は言いかけて、少し間を置いた。

視線を下げたまま、小さく続けた。


月乃「雫のとき、ちゃんとお祝いしてない」


その声はさっきよりも静かだった。

六月の雨の日のことを
三人とも覚えている。

外に出られず、そのまま流れてしまった日。

雫は軽く首をかしげる。


雫「別にいいよ?」


月乃「よくないもん」


すぐに返して、顔を上げる。

そのまま、まっすぐ言い切った。


月乃「ちゃんと、やりたかった」


その言い方に、玲央は思わず笑った。


玲央「じゃあ、今からやれば?」


月乃「え?」


玲央「今から雫の誕生日もやる」


雫「え、なにそれ」


軽く驚いた声の横で
月乃の目が一瞬で明るくなる。

次の瞬間には、もう動いていた。


月乃「やる!」


立ち上がって庭の端へ駆けていき
小さな花を摘んで戻ってくる。

息を弾ませたまま、そのまま差し出した。


月乃「はい、しずく!」


雫は一瞬きょとんとして
それからやわらかく笑った。

差し出された花を受け取って
小さくうなずいた。


雫「ありがとう」


玲央はしゃがんだまま
足元の砂をいじりながら口を挟む。


玲央「ほら、これでチャラ」


月乃「チャラじゃない」


すぐに言い返すけれど
その顔はもう笑っていた。


雫はヘアピンを手に取って
月乃の前に立つ。

前髪をそっとよけて、やさしく留めた。


雫「ほら、似合ってる」


月乃は照れたように目を細める。


月乃「……ありがと」


その様子を見て
玲央は何も言わずに目を細めた。

特別なことはしていないのに
ちゃんと形になっていた。

三人で並んで座ると
秋の空がゆっくり流れていく。

さっきより少し近い距離で
同じ方向を見ていた。

月乃は星のキーホルダーを手の中で握る。

そのまま空を見上げたまま
ぽつりと口を開いた。


月乃「ねえ」


玲央「なに」


月乃は笑ってから、続けた。


月乃「また、いっしょにお祝いしようね」


雫「うん」


玲央「当たり前だろ」


すぐに返ってきた言葉に
月乃は安心したみたいに笑った。

その笑顔は幼くて
でもちゃんと落ち着いていた。

庭に並ぶ三人の影が、夕方の光に伸びていく。

まだ、きれいな三角のまま。