言えない。言わない。

夜は思ったより涼しかった。


昼の拍手もざわめきも、もう遠い。

庭には虫の声だけが細く響いている。


天音家の二階の窓が、少しだけ開いていた。

少し遅れて、隣の窓も開いた。


月乃「れお」


玲央「どうした?」


月乃「なんか、目がさえちゃって」


玲央「緊張しすぎ」


月乃「うるさいな〜」



月乃「……ちゃんと聞いてた?」


玲央「聞いてた」


月乃「最初、間違えたの、ほんとにわかんなかった?」


玲央「わからん」


月乃「うそ」


玲央「ほんと」


それから、小さく笑う。


月乃「……なら、よかった」



玲央「かっこよかった」



月乃「……れおが?」


玲央「お前」


月乃「え」



月乃「……そっか」


それだけ。


月乃「探したんだよ」


玲央「知ってる」


月乃「いなかったら、たぶん、弾けなかった」



玲央「いるってば」


月乃「うん」


月乃の前髪が揺れる。


月乃「今日ね、弾いてるとき思い出した」


玲央「なにを?」


月乃「練習してたときの音。
雫のフルートと、れおのボールの音」


玲央は黙る。


月乃「なんか、落ち着くの」


少し照れたみたいに続ける。


月乃「ちゃんといるって、わかるから」


昼の言葉と、同じ。

でも夜のほうが、まっすぐ。


玲央「じゃあ、明日も鳴らすか」


月乃「うん。聞こえるところでね」


少し笑う。


月乃「……ねえ」


玲央「なに」


月乃「今日、ありがとう」


玲央「……俺らのおかげだもんな〜」


月乃「また言ってる」


小さく笑う。


玲央「おやすみ」


月乃「おやすみ」


ほぼ同時に窓を閉める。

暗くなった庭に、さっきまでの声の余韻だけが残る。

昼は舞台の上で強くて。

夜は、窓越しに少しだけ素直。

それを知っているのは、まだ、隣の俺だけだった。