夜は静かだった。
昼の熱がまだ庭の土に残っているのに
空気だけがひんやりとしている。
天音家の二階の窓が開いていて
遅れて隣の窓も同じように開いた。
揺れたカーテンの向こうに
互いの気配がそのまま重なる。
月乃は窓枠に腕をのせて外を見ていた。
その横顔は昼より落ち着いているのに
どこかだけ力が抜けきっていない。
玲央「まだ、おきてたんだ」
月乃「うん。なんか、ねむれなくて」
言葉はいつもと同じなのに
声だけが寂しそうに落ちていた。
それに気づいて
玲央は一度だけ視線を逸らしてから
もう一度向き直る。
玲央「……ごめん」
少し重たくなった声が、夜の空気に残る。
月乃「……ううん。びっくりしただけ」
月乃「……ほんとにいないと思った」
その言い方は責めるでもなく
ただ事実を置くみたいだった。
でもその一言だけで、胸の奥が引っかかる。
玲央「……いるってば」
言い返すように言って、言葉を探す。
玲央「どこにも行かないよ」
月乃は視線を外さずに、ゆっくり首を振る。
月乃「……でも、見えなかった」
その一言だけで、意味が変わる。
見えないだけで
“いない”になってしまうことを
玲央はまだうまく飲み込めないまま
受け止めていた。
玲央「……遠くには隠れない」
ぽつりと落とした言葉は
昼より形になっている。
月乃「ほんと?」
玲央「うん。見えるところにいる」
その答えに、月乃は少し笑った。
月乃「それ、隠れてないよ」
昼と同じ言葉なのに、今はやわらかく響いた。
揺れた前髪の隙間から
表情が少しだけほどけている。
月乃「れおのボールの音、好き」
唐突に聞こえる言葉に、玲央は一瞬戸惑った。
玲央「え?」
月乃は視線を外さないまま、静かに続けた。
月乃「ちゃんといるって、わかるから」
玲央は一瞬言葉を飲み込んでから
玲央「……じゃあ、明日も鳴らす」
月乃はゆっくりとうなずく。
月乃「うん。聞こえるところでね」
それだけで、空気が少し落ち着く。
見えなくても、そこにいると分かる形を
ふたりは同じ場所に置いたまま。
月乃「ねえ」
玲央「なに」
月乃は目を伏せてから、静かに聞いた。
月乃「いなくならないよね」
昼よりも小さな声だったが
逃がさない問いだった。
玲央はすぐに答える。
玲央「ならない」
短くて、はっきりした言葉だった。
それを聞いた月乃は
安心したように目を閉じる。
月乃「じゃあ、いいや」
それだけ言って
窓枠に預けていた体の力を抜いた。
その夜、月乃は窓もカーテンも閉めなかった。
隣の気配が消えないことを確かめるみたいに
しばらくそのままでいた。
玲央はその様子を見ながら
怖がっているのは分かるのに
何がそこまで不安なのかは
まだうまく分からないまま。
ただ、それでも。
見える場所にいようと思った。
夜の庭は暗くなっていた。
それでも、窓は開いたままで
そこにいることだけは、消えなかった。
昼の熱がまだ庭の土に残っているのに
空気だけがひんやりとしている。
天音家の二階の窓が開いていて
遅れて隣の窓も同じように開いた。
揺れたカーテンの向こうに
互いの気配がそのまま重なる。
月乃は窓枠に腕をのせて外を見ていた。
その横顔は昼より落ち着いているのに
どこかだけ力が抜けきっていない。
玲央「まだ、おきてたんだ」
月乃「うん。なんか、ねむれなくて」
言葉はいつもと同じなのに
声だけが寂しそうに落ちていた。
それに気づいて
玲央は一度だけ視線を逸らしてから
もう一度向き直る。
玲央「……ごめん」
少し重たくなった声が、夜の空気に残る。
月乃「……ううん。びっくりしただけ」
月乃「……ほんとにいないと思った」
その言い方は責めるでもなく
ただ事実を置くみたいだった。
でもその一言だけで、胸の奥が引っかかる。
玲央「……いるってば」
言い返すように言って、言葉を探す。
玲央「どこにも行かないよ」
月乃は視線を外さずに、ゆっくり首を振る。
月乃「……でも、見えなかった」
その一言だけで、意味が変わる。
見えないだけで
“いない”になってしまうことを
玲央はまだうまく飲み込めないまま
受け止めていた。
玲央「……遠くには隠れない」
ぽつりと落とした言葉は
昼より形になっている。
月乃「ほんと?」
玲央「うん。見えるところにいる」
その答えに、月乃は少し笑った。
月乃「それ、隠れてないよ」
昼と同じ言葉なのに、今はやわらかく響いた。
揺れた前髪の隙間から
表情が少しだけほどけている。
月乃「れおのボールの音、好き」
唐突に聞こえる言葉に、玲央は一瞬戸惑った。
玲央「え?」
月乃は視線を外さないまま、静かに続けた。
月乃「ちゃんといるって、わかるから」
玲央は一瞬言葉を飲み込んでから
玲央「……じゃあ、明日も鳴らす」
月乃はゆっくりとうなずく。
月乃「うん。聞こえるところでね」
それだけで、空気が少し落ち着く。
見えなくても、そこにいると分かる形を
ふたりは同じ場所に置いたまま。
月乃「ねえ」
玲央「なに」
月乃は目を伏せてから、静かに聞いた。
月乃「いなくならないよね」
昼よりも小さな声だったが
逃がさない問いだった。
玲央はすぐに答える。
玲央「ならない」
短くて、はっきりした言葉だった。
それを聞いた月乃は
安心したように目を閉じる。
月乃「じゃあ、いいや」
それだけ言って
窓枠に預けていた体の力を抜いた。
その夜、月乃は窓もカーテンも閉めなかった。
隣の気配が消えないことを確かめるみたいに
しばらくそのままでいた。
玲央はその様子を見ながら
怖がっているのは分かるのに
何がそこまで不安なのかは
まだうまく分からないまま。
ただ、それでも。
見える場所にいようと思った。
夜の庭は暗くなっていた。
それでも、窓は開いたままで
そこにいることだけは、消えなかった。
