言えない。言わない。

夕方の光が、庭の端に長く伸びていた。


月乃「ばいばい」


手を振って家に入っていったあとも
空の色はまだ淡いままだった。

玄関の扉が閉まる音だけが響いて
その余韻がしばらく庭にとどまっていた。

玲央は庭の真ん中に座ったまま、動かない。

さっきまで月乃が立っていた門の方に
視線だけを向けている。


雫「送らなくていいの?」


玲央「隣だし」


短く返しても、目は逸らさないまま。

雫は何も言わず
柵の向こうにある月乃の家へ視線を向けた。

二階の窓には、まだ灯りはついていない。


雫「月乃、泣きそうだったね」


玲央「泣いてない」


雫「目、赤かったよ」


玲央は何も返さず、土を見下ろす。


玲央「……隠れてただけだし」


そう言いながらも、視線はまた門の方へ戻る。

そこにもう誰もいないことを
分かっていながら見ていた。

雫はゆっくり歩いてきて
玲央の隣に腰を下ろす。


雫「わかってるよ」


一度だけ玲央の方を見てから
同じように前を向いたまま続ける。


雫「でも、月乃はわからないとき
怖いんだよ」


門を見たまま、言葉だけを受け取る。


雫「いなくなった、って思ったんだと思う」


喉の奥が少し詰まる。

いなくなったわけじゃない。

ただ隠れていただけなのに
その言い訳が、うまく出てこない。

さっきの声が、まだ耳に残っている。


『いなくならないでよ』


玲央「……あんな顔、すると思わなかった」


ぽつりと落ちた言葉に、雫はすぐに返す。


雫「するよ」

やわらかいけれど、揺れない声だった。


雫「月乃、強いけど
強いままじゃいられないときもあるから」


玲央は言い返せず、そのまま黙る。

風が吹いて、庭の空気が揺れた。


雫「ねえ」


雫「隠れるの、楽しい?」


玲央「……うん」


正直に答えると、雫は小さくうなずいた。


雫「なら、見えるところで隠れたら?」


玲央は顔をしかめる。


玲央「それ、隠れてないだろ」


雫はくすっと笑い、空気が軽くなる。

けれど、その目だけは変わらないまま
もう一度言った。


雫「いなくなったって感じるのが
嫌なんだよ」


玲央は何も返さず、ただ門の方を見続ける。

さっきまでそこにあった影だけが
残っていた。


玲央「……もう、遠くには行かない」


独り言みたいに落としたその言葉に
雫は小さくうなずく。

夕方の色が、少しずつ濃くなっていく。


雫ママ「しずくー、帰るよー」


雫「はーい」


立ち上がって歩き出す前に
一度だけ振り返る。

玲央の視線は、物置の影ではなく
まっすぐ門の方へ向いていた。

それを確かめて、雫は呼ばれた方へ向かった。