言えない。言わない。

午後の光は、少し白くなってきていた。

月乃は靴を履きながら玄関で足をぱたぱたさせていた。

今日は、ランドセルを見に行く日。


車に乗り込むと、外の光がまぶしい。

街の色も、いつもより少し明るく見えた。

大きなお店のドアが静かに開き

ひんやりした空気が頬に触れた。


壁いっぱいに並ぶランドセル。

光を受けて、どれもつやつやしていた。


月乃「……いっぱいある」


母「好きなの、背負ってみたら?」


どれも少し特別に見えた。

その中で、すぐ目に入ったのは水色だった。

空みたいな色。


月乃「これ、きれい」


父「月乃っぽいな」


母「似合いそう」


お店の人が背負わせてくれた。

肩に、少し重みがのる。

月乃は鏡の前にたってみた。

そこに映っているのは、水色のランドセルを背負った自分。


月乃「……」


きれいだと思う。


好きな色。

でも――


胸の奥が、なんとなくざわざわした。

鏡の中の自分は、もうすぐ一年生。

知らない教室。

知らない席。

知らない子。


月乃「……ちゃんとできるかな」


ぽつりとこぼれた。


母「どうしたの??」


月乃「……ううん、なんでもない」


でも、視線は鏡の中の自分から離れない。

水色のランドセルは、きれいだった。

でも、どこか少し遠い気がした。

そのとき。

鏡の端に、別の色が映った。

落ち着いたブラウンのランドセル。

つやを少し抑えた、やわらかい色。


月乃「……あれも、見ていい?」


母「もちろん」


水色を外してもらい、今度はブラウンを背負う。

肩に乗る重みは、さっきと同じはずなのに

少しだけ違って感じた。

もう一度、鏡の前へ。

そこに映る自分を見る。

さっきまで胸の奥にあったざわざわが、ゆっくりほどけていく。


月乃「……」


ランドセルの肩ひもをぎゅっと握る。

その色を見ていると、不思議と落ち着く気がした。

ぽつりと、言葉がこぼれた。


月乃「……星くん」


その声に、父と母が一瞬だけ顔を見合わせる。


ほんの一瞬の沈黙。


母「……これだと、ずっと一緒だね」


月乃は鏡の中の自分を見る。

ブラウンのランドセル。


月乃「……これにする」


はっきりと言った。

父がうなずき、母が微笑んだ。

ランドセルが決まった。

春になったら1年生。

どうしてこの色が落ち着くのかは、まだよくわからない。

ただ、

この色なら大丈夫な気がした。

小さな背中に、静かな安心がそっと乗っていた。