【完結】見返りは、当然求めますわ

 side側妃



 執務室の窓から差し込む陽光が、重々しい空気を一瞬だけ和らげる。

 その空気を破ったのは、王妃様の控えめな声だった。



「ところで、陛下……なぜ王太子をこの場に呼ばなかったのですか?」



 王妃様が眉を寄せて問いかける声に、微かな不安が混じる。その問いに、私は、はっと息を飲んだ。確かに、王太子は無関係ではないはず。ならば、なぜ呼ばれなかったのだろうか。


 無関係でいいはずがない王太子を呼ばなかった理由。私もその問いに心がざわついた。


 陛下はゆっくりと椅子に背を預け、その表情にわずかな笑みを浮かべた。



「ああ、ここからが大事な話だ」

 その一言に、王妃様も私も思わず身を乗り出した。



「お前たち、『オセアリス王国のロザリア王女』を知っているか?」

「はい、もちろんですわ。次の夜会にもオセアリス王国の代表としてお越しになるとか」


 王妃様は即座に答えたが、その声には微かな疑念が滲んでいた。私もその話題に引き込まれ、静かに言葉を足す。


「確か、数か月前までは王位継承権第1位だった方。美しく才能豊かな方だと聞き及んでいますわ。しかし、王子誕生を機にその座を譲られたとか……本当にお気の毒ですわ」


 陛下はうなずき、深い声で言葉を重ねる。顔の笑みが深くなったわ。


「その王女とな……先日、シャルロットとエルミーヌが旅行先で知り合ったそうだ」

「まぁ、そうでしたの?」

 王妃様の目が驚きで見開かれる。その反応を一瞥しつつ、陛下は話を続ける。


「その際、王女にはまだ婚約者がいないと聞き、シャルロットとエルミーヌが、何と!! 王太子はどうかと勧めてくれたそうだ」

「王女に、王太子を!?」

 王妃様の声が跳ね上がり、私も思わず驚きに手を口元に当てた。ああ、手が震える。


「そ、それで……どうなりましたの?」


「いいかよく聞け。王女は、その提案を前向きに検討してくれるそうだ。そして、次の夜会には宰相を伴い、我が国を訪れる。その際、うまくいけばその場で婚約の取り決めを行う予定だ」

「まぁ! そんな好機が訪れるとは!」


 王妃様は思わず立ち上がり、その声が喜びに震えているのがわかった。私の目にも涙が浮かぶ。


「あの子たち……婚約解消で名誉を傷つけ嫌な思いをしているのに……王家を離れても、こんな形で我が国を支えてくれるなんて……うぅ……」


 感極まり、声が詰まる。ああ、いろいろ手を回しても見つけられなかった王太子の次の妃候補……。こんな好条件の方と縁を結べそうなんて……。


 だが、陛下は軽く咳払いし、その感傷を遮るように静かに言った。


「泣くのはまだ早い。あくまで『検討してくれる、上手くいけば』という段階だ。しかし、なんとしてでも必ず婚約まで持ち込む。それが王太子の、いや我が国の未来にとって最後のチャンスだ」



 その言葉に、王妃様は深く頷き、すぐに気を引き締めたように姿勢を正す。



「ええ、陛下のおっしゃる通りですわ。もとより跡を継ぐのは王太子しか考えておりませんでしたもの」



 王妃様は、遅くに生まれた第2王子のことを、とてもかわいがっている。それでも次の王は王太子と曲げずに言ってくれている。

 可愛い息子に重荷を背負わせたくないからなのか、その真意はわからないが、証明すると言わんばかりに第2王子が気に入った伯爵家の令嬢を早々に婚約者にした。地位が高くなく極めて優秀とはお世辞にも言えない令嬢だが、王子が望んでいる以上、挿げ替えることはないだろう。



 私は、触発されるように、前のめりになって進言した。


「では、さっそく王太子にもこの話を伝え、準備に取り掛かるべきでは? 私、呼んで来ます!!」


 きちんと説き伏せ、チャンスをものにするように伝えなくては!!

 
 だが、陛下は手を軽く挙げてその言葉を制した。


「待て。それを今しなかった理由を考えてみろ。他国の、それもつい最近まで王位継承第1位だった王女だぞ。側妃として迎えるなど、そんな無礼は許されない。迎えるのであれば正妃だ」

「ええ、それは確かに……」


「だが、王太子に王女を正妃として迎えることを話したとして、あやつが素直に同意すると思うか?」


 王妃様はため息をつき、わずかに眉をひそめた。


「……しませんわね」


 ああ、我が息子ながら頭が痛い……結局アンナのこともまだ見限っておりませんし……



「その通りだ。だからこそ、慎重さが必要だ。幸いシャルロットたちが上手く演出してくれる手筈になっている。だから、我々は全面的に彼女たちをバックアップしなければならない」



「当然、全力を尽くしますわ! むしろ、こちらからお願いするべき話ですもの」



 王妃様の瞳には、強い決意が宿る。その声には迷いがなかった。
 陛下はゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめる。その背中には、王国の未来を背負う者の覚悟がにじみ出ていた。


「いいか2人とも、これは我々の未来にかかわる話だ。必ず成功させるぞ」



 その言葉に、私と王妃様は同時に頭を下げた。胸には重責と共に確かな決意が宿った。