【完結】見返りは、当然求めますわ

 side 王太子


 夜も更けた頃、父上の私室に呼び出された。

「陛下。王太子殿下がお越しです」

「通せ」



 控えの間から案内され、扉を開けると、そこには父上だけでなく母上と王妃殿下もいた。薄暗い室内には静寂が支配しており、どこか冷えた空気が流れている。灯りの明るさを調整したわけでもないのに、部屋の雰囲気が重苦しく感じられる。



「座れ」



 父上の一言に促され、私は椅子に腰を下ろした。とたんに全員の視線が自分に集中する。普段はそれなりに気楽に話すことができる家族なのに、今は違う。妙に張り詰めた空気が全身を覆う。

 家族団欒というにはほど遠い。可愛い弟もここにはいない。――家族会議なのか?

 父上が静かに、しかし威厳を込めて口を開いた。



「皆を呼んだのは他でもない。王太子の成人を祝う夜会の進捗状況についてだ」



 なんだ、その話か。私が主役なのだから、このメンバーなら当然、その話題にもなるだろう。

 少し肩の力を抜きかけたが、父上の厳しい表情を目にして背筋を伸ばした。



「報告によれば、準備はあまり進んでいないようだが……王妃?」

「は、はい。その……。ここ数年、夜会の準備に直接関わっておりませんでしたので、下への指示がうまく伝わらず……。ねえ、クラリス?」



 王妃殿下が助けを求めるように母上へ視線を送る。その姿には、どこか焦りが見て取れた。



「え、ええ。招待状や接待内容、他にもやることが山積みで人手が足りません。ですが……その、アンナを頼りにするわけにもいかなくて……」

「はあ……。お前たちは今までシャルロットとエルミーヌに頼りすぎていたのだ。かつては自分たちでやっていたことではなかったのか?」


 父上の低い声が室内に響く。母上は居心地悪そうに目を逸らしながら口を開いた。



「先代の王妃様が生きていらっしゃった頃は、お手伝いしていただきましたし、その後はあの子たちが……。クラリスと二人きりで何かを進めるのは初めてで……」


 その場が沈黙に包まれる。言葉を失った母上と王妃殿下は、所在なげに互いの顔を見合わせた。

 父上の視線が再び王妃殿下を捉える。



「……先日、お茶会の準備をあの二人に頼んだそうだな。王太子が原因で婚約を解消した元婚約者だぞ?  わかっているのか?」

「私たちの間にわだかまりはありませんもの。それに、正式には公爵家の商会に依頼をしたという形を取っておりますので……」

「表向きの話をしているのではない……」


 父上は深い溜息をつき、眉間にしわを寄せた。室内の空気がさらに冷たく張り詰めたものに変わる。



「ともかく、進捗が芳しくないことは分かった。そしてもう一つ伝えねばならない。当初予定していた予算が、大幅に削減されることになった」


 削減? その言葉に耳を疑った。


「父上、それはどういう意味ですか? 私の成人を祝う夜会ですよ。他国からの来賓も招待しているのに、粗末なものを見せるわけにはいきません。それなのに、予算が削減されるとは……」

「っ! お前のせいであろう? お前のせいで、 我が王室には、金がないのだ!」



 父上の言葉に驚きと困惑が混じり、頭が真っ白になる。王室に金がないなんてあり得るのか?



「側妃の実家に力がなかったため、お前とお前の母が王族としての生活を送るには、モンフォール公爵の支援が必要だった。それだけではない。シャルロットたちの婚約者としての費用、生活の安定のために多額の金を負担してくれていたのだ。なんなら、納める税にも色を付けてくれていた。それが婚約解消によって、なくなったばかりでなく、さらに多額の慰謝料まで発生している。何もかも、お前が原因だ!」


 胸を押し潰されるような現実が突きつけられる。


「……でも、臣下ではありませんか。それも王族に近い血筋の者。困っていると言えば援助してくれるのでは……あ、エルミーヌの費用も出していただいていたのなら、アンナの分もお願いすれば……」



 言い終える前に、父上の怒号が轟いた。


「貴様は少しは考えてから物を言え!  公爵が援助を続けたのは、シャルロットがお前の妃となり、我が王室の一員になると思っていたからだ。エルミーヌのことも、実の娘のように可愛がっていた。だが二人ともいない今、なぜ金を出す必要がある。愚か者!」


 父上の言葉は、刃のように鋭く胸を刺す。


 確かに、公爵はエルミーヌを実の娘のように思っていた。だからこそ公爵は、エルミーヌの父の態度に怒り、シャルロットと同じ待遇をエルミーヌに与えたのか。



「……怒りついでに問う。お前、公爵家に何か頼みごとをしたのではないか?」



 ギクリとする。

 動揺が顔に出たのだろう。父上の眉が鋭く吊り上がる。



「やはりか! アンナが刺繍したというハンカチ。その布が珍しいと思い調べたら、公爵家にたどり着いたのだ。まさか、要求したのではあるまいな……っ! その顔……。お前は、婚約を解消した相手に、なぜ頼みごとができるのだ!」



 母上たちの顔をうかがうこともできない。ただ、明らかな殺気を感じるばかりだ。


 何かを言わなければと思うが、頭の中は混乱していた。公爵家に頼んだことが、ここまで問題視されるとは思わなかった。しかも内密に動いたのに、ばれるなんて。



「……それは、その……。軽い気持ちで――」

「軽い気持ちだと!」



 父上の声が一層低くなり、胸を締めつけるような威圧感が押し寄せる。



「陛下、お怒りはもっともですが先に、現実問題として話し合わなければいけないことがあります」


 怒り狂う父上を見かねたのか母上が切り出す。助け舟か?


「予定されていた予算なくして、王家の威厳を保った夜会の開催、おそらく無理かと思われます」


 私の誕生を祝う会なのに!!


「そうですわね……でも、本来は正妃発表の場でもありましたので、その分の予算を削減……しても厳しそうですわ。……陛下、クラリス。こうなったらやはりあの二人を頼るしかありませんわね」