僅かな距離

ドアの前に立つ。

逃げたい。
帰りたい。
誰か助けて。

そんな言葉が頭をよぎる。

けれど。
助けを求める相手なんて思い浮かばなかった。

正確には。
一人だけ思い浮かんでしまった。

『俺のこと頼ってよ。』

月城の声。
優しい声。
真っ直ぐな目。

陽依は首を振った。

だめだ。
もう関わらないって決めた。

迷惑をかけないって決めた。
だから。

陽依は空き教室のドアを開けた。

中には三人の女子がいた。
まるで待っていたかのように。

「ちゃんと来たんだ。」

「偉いじゃん。」

「逃げると思ってた。」

笑い声が響く。
陽依は何も言わない。
言葉が出なかった。

「でさ。」

一人がスマホを取り出す。

「これどう思う?」

画面には写真。
月城と話している陽依。
屋上階段。
廊下。
何枚もあった。

いつ撮られたのか分からない写真で知らないうちに増えていた。

「気持ち悪いよね。」

誰かが言う。

「先生追いかけ回してるみたい。」

違う。
そう言いたかった。
でも声にならない。

「先生優しいから相手してくれてるだけなのに。」

「勘違いしてるよね。」

「ほんと迷惑。」

迷惑。
その言葉が何度も刺さる。

陽依は唇を噛んだ。血の味がする。

すると一人が立ち上がった。
机の上にスマホを置く。

「選んで。」

「え?」

「先生と話さないって約束するか。」

「この写真を先生に送るか。」

陽依の呼吸が止まる。

「どうせ先生も困るだろうね。」

「生徒から好かれてるとか噂になったらさ。」

「かわいそう。」

かわいそう。
またその言葉。

陽依の目に涙が滲む?
違う。
先生は悪くない。
全部自分が悪い。
自分が頼りたいなんて思ったから。
期待したから。

「……分かりました。」
小さな声だった。

女子たちは満足そうに笑う。
「じゃあ約束ね。」

「二度と近づかないで。」

陽依は俯いたまま頷く。
その瞬間だった。
自分の中で何かが切れる音がした。

悲しいとか。
悔しいとか。
そんな感情ではない。

諦めだった。

誰かに助けてもらえるかもしれない。
そう思ってしまった自分への諦め。
空き教室を出た頃には、空はもう暗くなっていた。