僅かな距離

そして。

「無理に話せとは言わない。」

静かに言った。

陽依は顔を上げる。

月城は真っ直ぐこちらを見ていた。

「でも。」

一拍置いて続ける。

「本当に苦しくなったら、一人で何とかしようとするな。」

その言葉が胸に刺さる。

痛いほど
優しいほど
刺さる。

陽依は何も言えなかった。

言葉にしたら泣いてしまいそうだった。

月城はそれ以上何も聞かなかった。

ただ

「気を付けて帰れよ。」

そう言って階段を上っていく。

陽依の横を通り過ぎて。

屋上階段の方へ。

陽依は振り返れなかった。

ただその背中が遠ざかっていく音を聞いていた。

そして思う。

今言えばよかったのかもしれない。

助けてくださいって。

苦しいですって。

怖いですって。

たった一言。

それだけでよかったのかもしれない。
でも、結局言えなかった。

月城の足音が聞こえなくなる。
静寂だけが残る。
陽依は唇を噛んだ。

そして誰もいない階段で、小さく目を閉じる。

「……助けて。」

その声は、
結局誰にも届かなかった。