コンクール会場の大ホールには、まだ余韻のような空気が残っていた。
ステージを降りたあとも、マリナの胸の奥ではフルートの音が静かに鳴り続けている気がした。
本番は、あっという間だった。
指は少し震えていたし、途中で息が浅くなりそうな瞬間もあった。
それでも、最後の音を吹き終えたとき、胸いっぱいに広がったのは不思議な達成感だった。
「……はぁ。」
控室の椅子に座り、フルートケースをそっと抱きしめる。
強豪の三芳中学の演奏は、圧倒的だった。
音の重なりも、表現力も、まるで別世界のようで、正直「かなわないな」と思った。
結果発表のときも、特別賞の名前が呼ばれた瞬間、少しだけ驚いた。
でも同時に、胸の奥があたたかくなった。
(あのとき、逃げなくてよかった。)
部活のメンバーとも、何度も話し合って、少しずつ関係を取り戻した。
気まずかった空気が消えたわけじゃない。
それでも、最後は同じ方向を向いて演奏できた。
それだけで、十分だった。
先生の挨拶が終わり、解散の声がかかる。
「今日は本当によく頑張りました。結果も立派ですが、それ以上に、皆さんの音楽がしっかり届いていました。」
その言葉に、マリナは小さくうなずいた。
涙が出そうになるのを、ぐっとこらえる。
外に出ると、夕方の空はやわらかなオレンジ色に染まっていた。
楽器ケースを肩にかけ、深く息を吸う。
長かった緊張が、ようやくほどけていく。
(終わったんだ……。)
そう思いながら出口へ向かうと、ガラス扉の向こうに一人の影が見えた。
背の高い、見覚えのあるシルエット。
壁にもたれかかるように立ち、何度も中の様子をうかがっている。
「……え?」
扉を開けた瞬間、その人物が顔を上げた。
「マリナさん!」
コウタだった。
いつもの制服姿で、少し息を弾ませている。
まるで、ずっと待っていたかのように。
「コ、コウタ君!?どうしてここに……?」
「コンクール、今日だって聞いて。」
少し照れくさそうに頭をかきながら、彼は笑った。
「終わる時間、だいたいこのくらいかなって思ってさ。」
マリナは驚いたまま、言葉を失った。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……結果、どうだった?」
その問いに、マリナは一度空を見上げてから答えた。
「特別賞だった。
三芳中学、すごく上手くて……全然かなわなかったけど。」
少しだけ笑う。
「でもね、悔しいより、ちゃんと吹ききれたって気持ちのほうが大きいの。」
コウタの目がやわらかく細められる。
「そっか。」
「途中で逃げたくなる瞬間もあったけど……」
フルートケースをぎゅっと抱きしめる。
「最後まで、精いっぱいの音を出せた。だから、満足してる。」
しばらく静かな風が二人の間を通り過ぎた。
夕日の光が、マリナの髪をやさしく照らす。
「……聴きたかったな。」
コウタがぽつりと言った。
「え?」
「マリナさんのフルート。」
彼はまっすぐ彼女を見た。
「でも、顔見たらわかる。絶対、いい演奏だった。」
その言葉に、マリナの目が少し潤んだ。
「そんなの、わかるの?」
「うん。」
コウタは迷いなくうなずく。
「今の顔、裏庭で泣いてたときの顔じゃないから。」
胸の奥が、じんと締めつけられる。
思わず笑いながら、涙がこぼれそうになる。
「……あのとき、コウタ君が来てくれたからだよ。」
小さな声で言う。
「逃げてもいいって言ってくれたのに、やめないでって言ってくれたから、戻れた。」
コウタは少し驚いたあと、照れたように笑った。
「俺、そんな大したこと言ってないよ。」
「言ったよ。」
マリナは首を振る。
「コウタ君がサッカー頑張ってる姿も、ずっと勇気になってた。」
夕焼けの中、二人の影が長く伸びる。
「ねえ、コウタ君。」
「うん?」
「負けちゃったけど、納得できた試合だったって言ってたよね。」
「ああ。」
マリナはやさしく微笑んだ。
「私も、同じ気持ち。
結果は一番じゃなかったけど、ちゃんと自分の音を出せたから。」
その言葉を聞いて、コウタは大きくうなずいた。
「それって、めちゃくちゃかっこいいよ。」
一瞬の沈黙のあと、彼は少し緊張したように口を開いた。
「……お疲れさま。ほんとに。」
そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「今日も、頑張ったんだなって思ってさ。だから、終わったら“おかえり”って言おうと思って待ってた。」
マリナの瞳が大きく揺れた。
「……ただいま。」
小さくそう返すと、胸の奥にあった重たいものが、すっと軽くなる。
コウタは安心したように笑った。
「じゃあ、一緒に帰る?」
夕焼けに染まる帰り道。
コンクールも、試合も、思い通りの結果ではなかった。
それでも、やりきった気持ちと、隣に並んで歩く安心感が、二人の足取りを自然と軽くしていた。
夏の終わりの風の中で、二人は同じ歩幅でゆっくりと歩き出した。
ステージを降りたあとも、マリナの胸の奥ではフルートの音が静かに鳴り続けている気がした。
本番は、あっという間だった。
指は少し震えていたし、途中で息が浅くなりそうな瞬間もあった。
それでも、最後の音を吹き終えたとき、胸いっぱいに広がったのは不思議な達成感だった。
「……はぁ。」
控室の椅子に座り、フルートケースをそっと抱きしめる。
強豪の三芳中学の演奏は、圧倒的だった。
音の重なりも、表現力も、まるで別世界のようで、正直「かなわないな」と思った。
結果発表のときも、特別賞の名前が呼ばれた瞬間、少しだけ驚いた。
でも同時に、胸の奥があたたかくなった。
(あのとき、逃げなくてよかった。)
部活のメンバーとも、何度も話し合って、少しずつ関係を取り戻した。
気まずかった空気が消えたわけじゃない。
それでも、最後は同じ方向を向いて演奏できた。
それだけで、十分だった。
先生の挨拶が終わり、解散の声がかかる。
「今日は本当によく頑張りました。結果も立派ですが、それ以上に、皆さんの音楽がしっかり届いていました。」
その言葉に、マリナは小さくうなずいた。
涙が出そうになるのを、ぐっとこらえる。
外に出ると、夕方の空はやわらかなオレンジ色に染まっていた。
楽器ケースを肩にかけ、深く息を吸う。
長かった緊張が、ようやくほどけていく。
(終わったんだ……。)
そう思いながら出口へ向かうと、ガラス扉の向こうに一人の影が見えた。
背の高い、見覚えのあるシルエット。
壁にもたれかかるように立ち、何度も中の様子をうかがっている。
「……え?」
扉を開けた瞬間、その人物が顔を上げた。
「マリナさん!」
コウタだった。
いつもの制服姿で、少し息を弾ませている。
まるで、ずっと待っていたかのように。
「コ、コウタ君!?どうしてここに……?」
「コンクール、今日だって聞いて。」
少し照れくさそうに頭をかきながら、彼は笑った。
「終わる時間、だいたいこのくらいかなって思ってさ。」
マリナは驚いたまま、言葉を失った。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「……結果、どうだった?」
その問いに、マリナは一度空を見上げてから答えた。
「特別賞だった。
三芳中学、すごく上手くて……全然かなわなかったけど。」
少しだけ笑う。
「でもね、悔しいより、ちゃんと吹ききれたって気持ちのほうが大きいの。」
コウタの目がやわらかく細められる。
「そっか。」
「途中で逃げたくなる瞬間もあったけど……」
フルートケースをぎゅっと抱きしめる。
「最後まで、精いっぱいの音を出せた。だから、満足してる。」
しばらく静かな風が二人の間を通り過ぎた。
夕日の光が、マリナの髪をやさしく照らす。
「……聴きたかったな。」
コウタがぽつりと言った。
「え?」
「マリナさんのフルート。」
彼はまっすぐ彼女を見た。
「でも、顔見たらわかる。絶対、いい演奏だった。」
その言葉に、マリナの目が少し潤んだ。
「そんなの、わかるの?」
「うん。」
コウタは迷いなくうなずく。
「今の顔、裏庭で泣いてたときの顔じゃないから。」
胸の奥が、じんと締めつけられる。
思わず笑いながら、涙がこぼれそうになる。
「……あのとき、コウタ君が来てくれたからだよ。」
小さな声で言う。
「逃げてもいいって言ってくれたのに、やめないでって言ってくれたから、戻れた。」
コウタは少し驚いたあと、照れたように笑った。
「俺、そんな大したこと言ってないよ。」
「言ったよ。」
マリナは首を振る。
「コウタ君がサッカー頑張ってる姿も、ずっと勇気になってた。」
夕焼けの中、二人の影が長く伸びる。
「ねえ、コウタ君。」
「うん?」
「負けちゃったけど、納得できた試合だったって言ってたよね。」
「ああ。」
マリナはやさしく微笑んだ。
「私も、同じ気持ち。
結果は一番じゃなかったけど、ちゃんと自分の音を出せたから。」
その言葉を聞いて、コウタは大きくうなずいた。
「それって、めちゃくちゃかっこいいよ。」
一瞬の沈黙のあと、彼は少し緊張したように口を開いた。
「……お疲れさま。ほんとに。」
そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「今日も、頑張ったんだなって思ってさ。だから、終わったら“おかえり”って言おうと思って待ってた。」
マリナの瞳が大きく揺れた。
「……ただいま。」
小さくそう返すと、胸の奥にあった重たいものが、すっと軽くなる。
コウタは安心したように笑った。
「じゃあ、一緒に帰る?」
夕焼けに染まる帰り道。
コンクールも、試合も、思い通りの結果ではなかった。
それでも、やりきった気持ちと、隣に並んで歩く安心感が、二人の足取りを自然と軽くしていた。
夏の終わりの風の中で、二人は同じ歩幅でゆっくりと歩き出した。

