坂川学園に溶け込んだ青春

夏の市内大会当日。
照りつける日差しがグラウンドの芝を白く輝かせ、観客席からは応援の声が絶え間なく響いていた。

コウタはユニフォームの袖で額の汗をぬぐいながら、ピッチに立っていた。
怪我から復帰して、ついに迎えた公式戦。
本当なら、胸が高鳴って仕方ないはずなのに――心のどこかに、別の不安が残っていた。

マリナのことだ。
あの日、裏庭で泣いていた姿が何度も頭をよぎる。
「ちゃんと部活に行けてるかな」
「また一人で悩んでないかな」
そんな考えが、試合中でもふとした瞬間に浮かんできてしまう。

「コウタ!集中!」
キャプテンの声で、はっと我に返った。

前半は思うようにボールがつながらず、相手に先制点を許してしまった。
スコアは0―1。
ベンチに戻る足取りは重く、チーム全体の空気も沈んでいる。

「くそ……」
コウタは膝に手をつき、息を整えながらうつむいた。
シュートチャンスはあったのに、決めきれなかった自分が悔しかった。
それに加えて、どこか心が散っている感覚がある。

ホイッスルが鳴り、前半終了。
選手たちは日陰に集まり、水を飲みながら監督の指示を聞く。
だが、コウタの耳には言葉がうまく入ってこなかった。

ふと、無意識に客席のほうへ視線を向けた。
人の波、揺れる応援旗、帽子をかぶった観客たち。
その中に――見覚えのある姿があった。

「……え?」

木陰の近く、少し控えめな場所に立つ一人の女の子。
風に揺れる髪。
両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、こちらを見つめている。

マリナだった。

目が合った瞬間、彼女は驚いたように瞬きをして、次の瞬間――
ぱっと、やさしく笑った。
そして小さく、でも確かに、手を振った。

その笑顔は、裏庭で見た泣き顔とはまるで違っていた。
少し不安そうで、それでも応援したいという気持ちがあふれている笑顔。

コウタの胸の奥が、じんわりと熱くなる。

(来てくれたんだ……)

不安でいっぱいだったはずなのに、
自分の試合を見に来てくれた。
それだけで、胸の中の霧がすっと晴れていく気がした。

「コウタ、大丈夫か?」
チームメイトが声をかける。

コウタは顔を上げ、深く息を吸った。
「……うん。大丈夫。」
そして、小さく笑った。
「後半、絶対に追いつく。」

後半のホイッスルが鳴る。
ボールが転がり出した瞬間、コウタの足はさっきまでとは違う軽さを取り戻していた。

仲間のパスを受け、前へ走る。
相手ディフェンダーをかわし、スペースへ抜ける。
観客席の声が一気に大きくなる。

「コウタ、いけ!」

右サイドからのクロスが上がった。
ボールが弧を描いてゴール前に落ちてくる。
一瞬、時間がゆっくりになったように感じた。

(マリナさん、見てて。)

踏み込んだ足に、迷いはなかった。
思いきり振り抜く。

――ドンッ!

乾いた音とともに、ボールは一直線にゴールへ飛んだ。
キーパーの手をかすめ、ネットが大きく揺れる。

「入ったぁぁ!!」

歓声が爆発した。
同点。1―1。

次の瞬間、チームメイトたちが一斉にコウタに飛びついてきた。
「ナイスシュート!」
「やったぞコウタ!」
肩を叩かれ、背中を抱かれ、視界がぐちゃぐちゃになる。

それでも、コウタは思わず顔を上げた。
自然と視線が向かう先は、ただ一つ。

客席のあの場所。

そこには、満面の笑みを浮かべたマリナがいた。
両手を大きく振りながら、誰よりもうれしそうに笑っている。
その笑顔は、太陽よりもまぶしく見えた。

胸がいっぱいになり、思わず笑みがこぼれる。
さっきまで感じていた不安は、もうどこにもなかった。

(ちゃんと来てくれた。ちゃんと笑ってる。)

コウタはチームメイトに囲まれながら、もう一度だけ客席を見た。
マリナは変わらず手を振っている。
その姿を見て、心の中で静かに決意した。

(この試合、絶対に勝つ。
 そして終わったら、ちゃんと伝えよう。)

自分を支えてくれたこと。
勇気をくれたこと。

夏のグラウンドに吹く風の中で、
コウタの胸はこれまでで一番強く、高く鼓動していた。