二人はゆったりと花幻山を登っていく。
おそらく、中腹の終わりはすぐそこだ。
高度が上がるのと同時に、雨脚は強くなる。
が、想定していたより雨は強くない。それに、むーの防水薬も未だ切れていない。
「なんだか気が抜けるな。もう少し困難な山登りになると思っていたのだが。」
「いや平和すぎて逆に怖いよ」
二人はそんな会話をしながら歩みを進める。
そのとき。
二人の会話をどこかで聞いていたかのようなベストタイミングで、雨が急激に激しくなってきた。
「あーあ。花韮が変なこと言うからだよ」
「黙れ。それよりもこの雨の量、おそらくむーの防水薬が切れてしまうぞ。」
「知ってっし」
「ならどうする?」
「雨粒全部防ぐもん」
「お前ができるはずないだろう。」
「はぁ!?」
「はぁ。仕方ない。私がやる。」
「え、やるってなにを?」
ちゃんはちが呟くのと同時に、花韮は腰に納めていた剣をゆっくりと抜く。
「いいから見ていろ。」
そう言うと、花韮は剣を構える。
「よく聞け。この世には、攻撃には防御という方程式があるが、攻撃には攻撃という方程式も成立するんだ。」
花韮は足に力を込める。
「『空転斬撃《くうてんざんげき》』!!」
その言葉と同時に剣を一振りすると、花韮の周りから斬撃が出現する。
弱い斬撃だが、その斬撃一つ一つが雨粒を正確に斬り刻む。
瞬きもできないほどの一瞬で、二人の周りにあった雨粒が消えた。
花韮はちゃんはちに声もかけずに先へ走る。
「うぉい待て!」
ちゃんはちは花韮の勢いに乗り遅れないように全力で走る。
花韮は、剣をゆったりと振り続ける。
一振りするだけで、何十個もの斬撃が出現し、また雨粒を斬り刻んでいく。
すると、花韮の勢いに対抗するように雨脚が強まってきた。
「あまり私を舐めるな。【剣の御加護《つるぎのごかご》】よ、我に力を!」
花韮もそれに対抗…いや勝るように、固有能力を使用する。
先ほどまで弱かった斬撃にハリが出て、花韮の魔力の色がはっきりとわかる。それに、一振りするときに出てくる斬撃の量も倍近くに増加した。
姿はお互い見えていない。
しかし、戦いはすでに始まっているのだ。
現時点で優勢なのは当然花韮。
というか、煙花散花最強に勝てる相手なんておそらくいないだろう。
二人は勢いを増しながら山頂を目指す。
前を見ると、地の切れ目が見えた。
「私の手助けはここまでだ。あとは自分でやれ。」
「はいはい」
山頂到達寸前に、そう会話する。
そして、二人は地の切れ目に足をついた。
ちゃんはちはその足を力一杯曲げて上空に飛ぶ。
花韮の守りがなくなったため、ちゃんはちは雨に濡れる。
それでも、しっかりと異変の元凶を捉えた。人の形をしている。
元凶は、飛び上がったちゃんはちを驚いているようだ。
ちゃんはちは剣を創って構え、元凶に向かって急降下する。
花韮は、呆気ないな。とガラにもなく油断した。
__その瞬間。
ちゃんはちを濡らした雨が一気に膨張し、ちゃんはちの体を包み込む。
「!?」
いきなりのことで困惑したのと、驚きで呼吸もまともにできていない。
水の海に放り込まれた衝撃に、ちゃんはちは軽くパニックになってしまった。
「…『水ノ塞《ウォータークローズ》』。ちゃんはちさんを閉じ込めた水の技名です。」
異変の元凶は、そう淡々と喋る。
元凶は、青く垂れた目をしており、金縁の四角い眼鏡、左目の目尻にはホクロがある。
薄い青色の長髪は尻まで垂れていて、服装は水色のぶかっとした服に黒っぽい色のロングスカート。
服装や声色から察するに、元凶は女性だろう。
花韮は未だ雨粒に触れないように攻撃を繰り広げながら、その青い瞳で女性を見つめる。
「自己紹介が遅れましたね。私の名前はしずく。ちゃんはちさんの、悲しみの感情です。」
女性__しずくは、青く虚んだ目で花韮を見ながら、淡々とそう言う。
(悲しみの感情…。やみが話していたくいと共に感情の世界を飛び出した感情の例に出ていたな。)
花韮も、淡々とそう思いながらちゃんはちをちらりと見る。
ちゃんはちはパニックからは脱せたが、未だ空中にある水の泡の中に閉じ込められている。
「ちゃんはち。内側から膜を破れないか?」
花韮はなるべく声を張ってちゃんはちに問う。
聞こえたのか自身で考えたのか、ちゃんはちは剣で水の膜を切ったり突いたりする。
しかし、水の膜は破れなかった。
「無駄です。水は形を持たない。水は方円の器に従うのです。ちゃんはちさんが水の膜を突いたら、水はその形に対応する。どんなに突いても、何をしても全て無駄です。大人しく溺死するのが最善かと。」
しずくは、ちゃんはちの閉じ込められている水の泡を見つめながら淡々と呟く。
ふむ…。水を操るのか。確か魔法の館に似たような攻撃を使うものがいたな。まさかこいつか?
花韮はそう思いながら口を開く。
「お前の目的はなん…」
「言えません。」
しずくは、花韮の語尾に被せるようにそういう。
(こいつも言えないと。くいと同じか。)
花韮はため息をつきながら、空いている左手を腰に当てる。
「悪いがお前の相手は私じゃない。私ができるのは手助けのみ。お前の相手はそっちのポンコツだ。」
「それなら勝ちは決まりしたね。」
「まぁ今の状況じゃな。」
花韮は、水の泡に閉じ込められたちゃんはちを見つめる。
諦めたのかなんなのか、水の流れに身を任せているように見える。
普段の花韮なら、最後まで諦めるなと説教をするだろう。
しかし、今日の花韮は何も言わないうえ何もしない。
しずくは、心の中で勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「『凍てつけ《いてつけ》』!」
突如として、ひんやりとした声色と共に凍りついた空気がしずくを襲う。
声のした方向に目を向けると、まるで氷のような純白の美しいドレスを纏った小柄な少女がいた。
しずくは驚くのと同時に水を操り目の前に水の壁をつくる。
冷気と水が触れ合った瞬間、水は瞬時に凍りつき氷の壁へと姿を変えた。
「誰です__!」
「『植物園《しょくぶつえん》』!!」
しずくが抵抗しようと手を伸ばしたその瞬間、冷気を放った少女とはまた別の声が響いた。
声の主は、植物をまとわりつかせたような華やかな服装をした女性。
その声と共に、しずくの足元でのびのびと育っていた雑草たちが急速に成長して背を伸ばし、しずくの手や足に絡みつく。
「『水ノ塞《ウォータークローズ》』!」
しずくは自分自身に技を放つ。
水を利用して逃げる気だ。
しずくの周りにある水が集まってさらに膨張し、その体を包み込む。
しかし。
「まさか自分から死にに行くなんてね。喰らいなさい!『凍てつけ《いてつけ》』!」
少女はそう言いながら、両手を前に出して手から冷気を放つ。
冷気はしずくを覆っている膜を包み込み、中にある水までもを凍りつかせた。
いくら水を操れるとは言え、内側からこの氷を粉砕させるのは容易ではないだろう。
つまり拘束に成功したのだ。
花韮は攻撃を止め、剣を納める。
「お前らがちゃんはちの話していたまふゆとしぜいやか?」
「えぇそうよ。私がまふゆでこっちがしぜいや。」
「どうも〜!花韮さん!」
少女__まふゆは、女性__しぜいやと自身を手で示す。
まふゆは氷のような水色の瞳をしている。その瞳には、うっすらと雪の結晶模様が見える。
髪は背中ほどまで伸びており、銀色をしている。
しぜいやは森に生えている植物のような緑色の瞳をしている。その瞳には、はっきりと花柄の模様が見える。
髪は背中より少し長く緑色で、ツルのようにくるくるとした髪質をしており、頭の上には美しい紫陽花が咲いている。
あまり共通点のない二人だが、共通点がないわけではない。
例えば背丈はおそらく同じだろう。おそらく、と言ったのは二人の背丈を正確に測れないから。
二人はふわふわと空中に浮いているのだ。いや、浮いているというよりは足が見えないので足が見えないとも捉えられるが。
(不思議な力が働いているのか?いや可能性としたら幽霊というものに似ているな。がしかしあんなにふわふわと上下に揺れるのは浮いていると判断しないと説明がつかない…。)
花韮が二人のことについて考えていると、どこからか水を叩く音がする。
音の方向を向くと、水の泡に閉じ込められたままのちゃんはちがいた。
ちゃんはちは水の膜を叩いたようで、膜は叩かれた反動としてなみなみと揺らいでいる。
ちゃんはちのことをすっかり忘れていた花韮は、そういえばいたなこいつという目でちゃんはちを見つめる。
しかし、その目を見せるだけで花韮は何もしない。
花韮の考えていることを察したのか、ちゃんはちは目をカッと開き血眼になって水の膜を叩く。
それでも動かない花韮を見て、まふゆは両手を水の泡に向ける。
「私が水を凍らせ__」
「いや、いい。」
花韮はまふゆを止める。
ちゃんはちは水の泡の中で口をぱくぱくさせて抗議するが、花韮は動かない。
とうとう肺にあった酸素が尽きてきたのか、ちゃんはちは表情に苦しさを乗せる。
「まふゆ。助けてやれ。」
「はぁ…。わかったわ。」
ようやく花韮はまふゆに指示をした。
まふゆは両手を水の泡に向けて、
「『凍てつけ《いてつけ》』。」
そう言う。
すると、まふゆの手から凍てついた冷気が放出した。
それは水の泡を覆っていき、あっという間に水の泡を凍らせてしまう。
すると、まふゆは片手を下ろして残した手を思いっきり開き、それをゆっくり握る。
と同時に、ちゃんはちの入った水の泡__氷の塊にヒビが入る。
まふゆが完全に手を握ると、氷の塊は音を立てて割れ、中にいるちゃんはちをあらわにした。
氷に囲まれたちゃんはちは地面に片手をついて盛大に咳き込む。
「ぐっごほっごほ…!ぅ…げっ…げほっ…!」
「油断しすぎだ。私やまふゆ達がいなかったら、どうしていたつもりだ。」
「こ…これが…これが、弟子に…弟子にすることか…!!」
「黙れ。それに、私はあとは自分でやれと言ったはずだぞ。おい、聞いているのか?」
花韮は未だ地面にうずくまっているちゃんはちを足でげしげしと蹴る。
「うぉい痛ぇよ!やめろ!おい!バカ!」
「馬鹿はどっちだ。」
「うるさいな!いや違うよ!水の膜は切れたの!瞬時に切れ目が水と水で再生されて!」
「そんなこと、私が分からなかったとでも思っているのか?怠けたことを言うな。私は、それを判断できた上でお前がどうするのかを見たかったんだ。なぜ私に助けを求める。もし私がいなかったらお前はどうしていた?もしまふゆがあの女を拘束できていなかったらどうしていた?」
「いやそれは…」
「油断しすぎだと言っているんだ。仲間がいると安堵しただろう?戦いは孤独。いつでもどこでも、誰かが自分を見てくれていると勘違いするな。」
「…はい」
花韮は、はぁぁと大きなため息を吐く。説教終わりの合図だ。
それと同時に、ちゃんはちはようやく立ち上がる。
まふゆとしぜいやは、花韮の隙のない言葉の羅列に引き、ちゃんはちに対して憐れみの目を向けた。
「…で、これどう言う状況?」
「まふゆがあの女を拘束した。水を操るとはいえ、あの氷を内側から粉砕することは容易くないだろう。」
「へぇ〜」
ちゃんはちは興味があるのかないのか曖昧な返事をする。
「で、どうする。このまま微塵斬りにするか?」
「いや、いいよ。まふゆちゃん、この氷粉砕してくれない?」
「せっかくの拘束を解くのかしら。」
「まぁ相手は弱ってるはずだから。逃げようとしたら斬るけどね」
その声に決意が固まったのか、まふゆはそこに落ちている氷の塊に片手を向ける。
その手を思いっきり開き、ゆっくりと握る。それに連動するように、氷の塊にヒビが入る。
まふゆの手が完全に閉じると同時に、音を立てて氷が割れた。
その中央には、しっかりとしずくがいた。
しずくは力尽きたのか、地面にぐったりと横たわっている。
「おーい。えっと、しずく、だっけ?大丈夫ー?死んでない?」
「…。…?あれ…私何して…」
超至近距離でそう話しかけるちゃんはちを見ずに、しずくは地面を見つめながらそうぶつぶつと呟く。
状況がわかったのか頭が整理されたのか、しずくはちゃんはちの影にようやく気づく。
すると、急に地面から飛び上がって叫び出した。
「ひゃあああ!?ど、どどっどなたですか!!」
「いや、え?」
「あ、あの!私、なぜか氷に囲まれてて…。あのえっと…た、大変恐縮なのですが、私がなぜ氷に囲まれたのか説明してください!!」
先ほどの冷たい態度とは打って変わって、怯えて震えるしずくに、ちゃんはち達四人は目を点にして黙ってしまう。
…なんだか変な空気になってしまった。
その空気をいち早く破ったのはこれまたしずく。
「あ…あああああ!!ごめんなさいごめんなさい!じ、事情知らないですよね!私の!ごめんなさいごめんなさい…!えぇっと…め、目玉!目玉をほじくります!ほじくりますのでぇえ!それで、それでぇ許してくださあぁあい!」
「お、おいおい落ち着いてくれよレディ!私達悪い人じゃないんだよ!だ、だから落ち着いてええ!!」
パニックになって泣き喚くしずくにパニックになったちゃんはちは、しずくの肩をぐらぐらと揺らして落ち着いてと叫ぶ。
…この状況が落ち着いたのは、二人がパニックになって三十分ほど経過したときだった。
おそらく、中腹の終わりはすぐそこだ。
高度が上がるのと同時に、雨脚は強くなる。
が、想定していたより雨は強くない。それに、むーの防水薬も未だ切れていない。
「なんだか気が抜けるな。もう少し困難な山登りになると思っていたのだが。」
「いや平和すぎて逆に怖いよ」
二人はそんな会話をしながら歩みを進める。
そのとき。
二人の会話をどこかで聞いていたかのようなベストタイミングで、雨が急激に激しくなってきた。
「あーあ。花韮が変なこと言うからだよ」
「黙れ。それよりもこの雨の量、おそらくむーの防水薬が切れてしまうぞ。」
「知ってっし」
「ならどうする?」
「雨粒全部防ぐもん」
「お前ができるはずないだろう。」
「はぁ!?」
「はぁ。仕方ない。私がやる。」
「え、やるってなにを?」
ちゃんはちが呟くのと同時に、花韮は腰に納めていた剣をゆっくりと抜く。
「いいから見ていろ。」
そう言うと、花韮は剣を構える。
「よく聞け。この世には、攻撃には防御という方程式があるが、攻撃には攻撃という方程式も成立するんだ。」
花韮は足に力を込める。
「『空転斬撃《くうてんざんげき》』!!」
その言葉と同時に剣を一振りすると、花韮の周りから斬撃が出現する。
弱い斬撃だが、その斬撃一つ一つが雨粒を正確に斬り刻む。
瞬きもできないほどの一瞬で、二人の周りにあった雨粒が消えた。
花韮はちゃんはちに声もかけずに先へ走る。
「うぉい待て!」
ちゃんはちは花韮の勢いに乗り遅れないように全力で走る。
花韮は、剣をゆったりと振り続ける。
一振りするだけで、何十個もの斬撃が出現し、また雨粒を斬り刻んでいく。
すると、花韮の勢いに対抗するように雨脚が強まってきた。
「あまり私を舐めるな。【剣の御加護《つるぎのごかご》】よ、我に力を!」
花韮もそれに対抗…いや勝るように、固有能力を使用する。
先ほどまで弱かった斬撃にハリが出て、花韮の魔力の色がはっきりとわかる。それに、一振りするときに出てくる斬撃の量も倍近くに増加した。
姿はお互い見えていない。
しかし、戦いはすでに始まっているのだ。
現時点で優勢なのは当然花韮。
というか、煙花散花最強に勝てる相手なんておそらくいないだろう。
二人は勢いを増しながら山頂を目指す。
前を見ると、地の切れ目が見えた。
「私の手助けはここまでだ。あとは自分でやれ。」
「はいはい」
山頂到達寸前に、そう会話する。
そして、二人は地の切れ目に足をついた。
ちゃんはちはその足を力一杯曲げて上空に飛ぶ。
花韮の守りがなくなったため、ちゃんはちは雨に濡れる。
それでも、しっかりと異変の元凶を捉えた。人の形をしている。
元凶は、飛び上がったちゃんはちを驚いているようだ。
ちゃんはちは剣を創って構え、元凶に向かって急降下する。
花韮は、呆気ないな。とガラにもなく油断した。
__その瞬間。
ちゃんはちを濡らした雨が一気に膨張し、ちゃんはちの体を包み込む。
「!?」
いきなりのことで困惑したのと、驚きで呼吸もまともにできていない。
水の海に放り込まれた衝撃に、ちゃんはちは軽くパニックになってしまった。
「…『水ノ塞《ウォータークローズ》』。ちゃんはちさんを閉じ込めた水の技名です。」
異変の元凶は、そう淡々と喋る。
元凶は、青く垂れた目をしており、金縁の四角い眼鏡、左目の目尻にはホクロがある。
薄い青色の長髪は尻まで垂れていて、服装は水色のぶかっとした服に黒っぽい色のロングスカート。
服装や声色から察するに、元凶は女性だろう。
花韮は未だ雨粒に触れないように攻撃を繰り広げながら、その青い瞳で女性を見つめる。
「自己紹介が遅れましたね。私の名前はしずく。ちゃんはちさんの、悲しみの感情です。」
女性__しずくは、青く虚んだ目で花韮を見ながら、淡々とそう言う。
(悲しみの感情…。やみが話していたくいと共に感情の世界を飛び出した感情の例に出ていたな。)
花韮も、淡々とそう思いながらちゃんはちをちらりと見る。
ちゃんはちはパニックからは脱せたが、未だ空中にある水の泡の中に閉じ込められている。
「ちゃんはち。内側から膜を破れないか?」
花韮はなるべく声を張ってちゃんはちに問う。
聞こえたのか自身で考えたのか、ちゃんはちは剣で水の膜を切ったり突いたりする。
しかし、水の膜は破れなかった。
「無駄です。水は形を持たない。水は方円の器に従うのです。ちゃんはちさんが水の膜を突いたら、水はその形に対応する。どんなに突いても、何をしても全て無駄です。大人しく溺死するのが最善かと。」
しずくは、ちゃんはちの閉じ込められている水の泡を見つめながら淡々と呟く。
ふむ…。水を操るのか。確か魔法の館に似たような攻撃を使うものがいたな。まさかこいつか?
花韮はそう思いながら口を開く。
「お前の目的はなん…」
「言えません。」
しずくは、花韮の語尾に被せるようにそういう。
(こいつも言えないと。くいと同じか。)
花韮はため息をつきながら、空いている左手を腰に当てる。
「悪いがお前の相手は私じゃない。私ができるのは手助けのみ。お前の相手はそっちのポンコツだ。」
「それなら勝ちは決まりしたね。」
「まぁ今の状況じゃな。」
花韮は、水の泡に閉じ込められたちゃんはちを見つめる。
諦めたのかなんなのか、水の流れに身を任せているように見える。
普段の花韮なら、最後まで諦めるなと説教をするだろう。
しかし、今日の花韮は何も言わないうえ何もしない。
しずくは、心の中で勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「『凍てつけ《いてつけ》』!」
突如として、ひんやりとした声色と共に凍りついた空気がしずくを襲う。
声のした方向に目を向けると、まるで氷のような純白の美しいドレスを纏った小柄な少女がいた。
しずくは驚くのと同時に水を操り目の前に水の壁をつくる。
冷気と水が触れ合った瞬間、水は瞬時に凍りつき氷の壁へと姿を変えた。
「誰です__!」
「『植物園《しょくぶつえん》』!!」
しずくが抵抗しようと手を伸ばしたその瞬間、冷気を放った少女とはまた別の声が響いた。
声の主は、植物をまとわりつかせたような華やかな服装をした女性。
その声と共に、しずくの足元でのびのびと育っていた雑草たちが急速に成長して背を伸ばし、しずくの手や足に絡みつく。
「『水ノ塞《ウォータークローズ》』!」
しずくは自分自身に技を放つ。
水を利用して逃げる気だ。
しずくの周りにある水が集まってさらに膨張し、その体を包み込む。
しかし。
「まさか自分から死にに行くなんてね。喰らいなさい!『凍てつけ《いてつけ》』!」
少女はそう言いながら、両手を前に出して手から冷気を放つ。
冷気はしずくを覆っている膜を包み込み、中にある水までもを凍りつかせた。
いくら水を操れるとは言え、内側からこの氷を粉砕させるのは容易ではないだろう。
つまり拘束に成功したのだ。
花韮は攻撃を止め、剣を納める。
「お前らがちゃんはちの話していたまふゆとしぜいやか?」
「えぇそうよ。私がまふゆでこっちがしぜいや。」
「どうも〜!花韮さん!」
少女__まふゆは、女性__しぜいやと自身を手で示す。
まふゆは氷のような水色の瞳をしている。その瞳には、うっすらと雪の結晶模様が見える。
髪は背中ほどまで伸びており、銀色をしている。
しぜいやは森に生えている植物のような緑色の瞳をしている。その瞳には、はっきりと花柄の模様が見える。
髪は背中より少し長く緑色で、ツルのようにくるくるとした髪質をしており、頭の上には美しい紫陽花が咲いている。
あまり共通点のない二人だが、共通点がないわけではない。
例えば背丈はおそらく同じだろう。おそらく、と言ったのは二人の背丈を正確に測れないから。
二人はふわふわと空中に浮いているのだ。いや、浮いているというよりは足が見えないので足が見えないとも捉えられるが。
(不思議な力が働いているのか?いや可能性としたら幽霊というものに似ているな。がしかしあんなにふわふわと上下に揺れるのは浮いていると判断しないと説明がつかない…。)
花韮が二人のことについて考えていると、どこからか水を叩く音がする。
音の方向を向くと、水の泡に閉じ込められたままのちゃんはちがいた。
ちゃんはちは水の膜を叩いたようで、膜は叩かれた反動としてなみなみと揺らいでいる。
ちゃんはちのことをすっかり忘れていた花韮は、そういえばいたなこいつという目でちゃんはちを見つめる。
しかし、その目を見せるだけで花韮は何もしない。
花韮の考えていることを察したのか、ちゃんはちは目をカッと開き血眼になって水の膜を叩く。
それでも動かない花韮を見て、まふゆは両手を水の泡に向ける。
「私が水を凍らせ__」
「いや、いい。」
花韮はまふゆを止める。
ちゃんはちは水の泡の中で口をぱくぱくさせて抗議するが、花韮は動かない。
とうとう肺にあった酸素が尽きてきたのか、ちゃんはちは表情に苦しさを乗せる。
「まふゆ。助けてやれ。」
「はぁ…。わかったわ。」
ようやく花韮はまふゆに指示をした。
まふゆは両手を水の泡に向けて、
「『凍てつけ《いてつけ》』。」
そう言う。
すると、まふゆの手から凍てついた冷気が放出した。
それは水の泡を覆っていき、あっという間に水の泡を凍らせてしまう。
すると、まふゆは片手を下ろして残した手を思いっきり開き、それをゆっくり握る。
と同時に、ちゃんはちの入った水の泡__氷の塊にヒビが入る。
まふゆが完全に手を握ると、氷の塊は音を立てて割れ、中にいるちゃんはちをあらわにした。
氷に囲まれたちゃんはちは地面に片手をついて盛大に咳き込む。
「ぐっごほっごほ…!ぅ…げっ…げほっ…!」
「油断しすぎだ。私やまふゆ達がいなかったら、どうしていたつもりだ。」
「こ…これが…これが、弟子に…弟子にすることか…!!」
「黙れ。それに、私はあとは自分でやれと言ったはずだぞ。おい、聞いているのか?」
花韮は未だ地面にうずくまっているちゃんはちを足でげしげしと蹴る。
「うぉい痛ぇよ!やめろ!おい!バカ!」
「馬鹿はどっちだ。」
「うるさいな!いや違うよ!水の膜は切れたの!瞬時に切れ目が水と水で再生されて!」
「そんなこと、私が分からなかったとでも思っているのか?怠けたことを言うな。私は、それを判断できた上でお前がどうするのかを見たかったんだ。なぜ私に助けを求める。もし私がいなかったらお前はどうしていた?もしまふゆがあの女を拘束できていなかったらどうしていた?」
「いやそれは…」
「油断しすぎだと言っているんだ。仲間がいると安堵しただろう?戦いは孤独。いつでもどこでも、誰かが自分を見てくれていると勘違いするな。」
「…はい」
花韮は、はぁぁと大きなため息を吐く。説教終わりの合図だ。
それと同時に、ちゃんはちはようやく立ち上がる。
まふゆとしぜいやは、花韮の隙のない言葉の羅列に引き、ちゃんはちに対して憐れみの目を向けた。
「…で、これどう言う状況?」
「まふゆがあの女を拘束した。水を操るとはいえ、あの氷を内側から粉砕することは容易くないだろう。」
「へぇ〜」
ちゃんはちは興味があるのかないのか曖昧な返事をする。
「で、どうする。このまま微塵斬りにするか?」
「いや、いいよ。まふゆちゃん、この氷粉砕してくれない?」
「せっかくの拘束を解くのかしら。」
「まぁ相手は弱ってるはずだから。逃げようとしたら斬るけどね」
その声に決意が固まったのか、まふゆはそこに落ちている氷の塊に片手を向ける。
その手を思いっきり開き、ゆっくりと握る。それに連動するように、氷の塊にヒビが入る。
まふゆの手が完全に閉じると同時に、音を立てて氷が割れた。
その中央には、しっかりとしずくがいた。
しずくは力尽きたのか、地面にぐったりと横たわっている。
「おーい。えっと、しずく、だっけ?大丈夫ー?死んでない?」
「…。…?あれ…私何して…」
超至近距離でそう話しかけるちゃんはちを見ずに、しずくは地面を見つめながらそうぶつぶつと呟く。
状況がわかったのか頭が整理されたのか、しずくはちゃんはちの影にようやく気づく。
すると、急に地面から飛び上がって叫び出した。
「ひゃあああ!?ど、どどっどなたですか!!」
「いや、え?」
「あ、あの!私、なぜか氷に囲まれてて…。あのえっと…た、大変恐縮なのですが、私がなぜ氷に囲まれたのか説明してください!!」
先ほどの冷たい態度とは打って変わって、怯えて震えるしずくに、ちゃんはち達四人は目を点にして黙ってしまう。
…なんだか変な空気になってしまった。
その空気をいち早く破ったのはこれまたしずく。
「あ…あああああ!!ごめんなさいごめんなさい!じ、事情知らないですよね!私の!ごめんなさいごめんなさい…!えぇっと…め、目玉!目玉をほじくります!ほじくりますのでぇえ!それで、それでぇ許してくださあぁあい!」
「お、おいおい落ち着いてくれよレディ!私達悪い人じゃないんだよ!だ、だから落ち着いてええ!!」
パニックになって泣き喚くしずくにパニックになったちゃんはちは、しずくの肩をぐらぐらと揺らして落ち着いてと叫ぶ。
…この状況が落ち着いたのは、二人がパニックになって三十分ほど経過したときだった。
