「あらそう。私、今日の朝貰っちゃったのよねえ。高級ブランドメーカーのチョコ。」
「それはよかったですね。」
「でもうちの会社、バレンタイン禁止だから。大路さん、他の人に言わないでね?」
「分かりました……。」
「部長ったら自分からバレンタインは禁止にしておいて、よく私に渡してこれたわよね。」
「た、確かに! 矛盾してますよね。」
「きっとそうまでして私に渡したかったのね。十二村部長にとって一番近い存在は私だから。」
高坂さんがレジ袋を揺らし、エレベーターホールへと歩いていく。
背中を見ていれば、いつにも増して私服に気合いが入っているのが分かった。
(もしかして、わざわざ私にそれが言いたかったの?)
やっぱり私、高坂さんにはよく思われていない気がする。
十二村部長と婚約中も、婚約解消後も、私は社内の女性たちに上手く馴染めていない。
同期も今は他の支店にいるし、他の女性社員は必要以上に私に関わってこないのが分かる。
唯一、同じ秘書の天王寺さんは気兼ねなく私に話しかけてくれるけれど、忙しすぎて未だ一緒にお昼を食べたことはない。
(私、本当にこの会社にいてよかったのかな……。)
憂鬱になりそうな気持ちは、頭を振って掻き消した。
「大路さん!」
「楢崎課長。」
エレベーターから降りて走ってくる課長の姿を捉える。
課長がスマホを確認しながら私に言った。
「釜山の医薬品メーカーなんだけど、渋滞に巻き込まれて到着が20分くらい遅れるらしい。」
「そうなんですね。」
「せっかくだし、ここで話しながら待っていようか。」
「はい。」
2人でロビーのソファに座って、束の間の休息に気を落ち着かせる。
それでもミーティング資料をまとめたファイルが落ちないよう、両手でしっかりと抱え直した。
「日曜日、バレンタインだよね。」
「そ、そうですね。」
「約束、覚えてる? 僕の家で一緒にザッハトルテ作るって話。」
「お、覚えてますとも!」
「もしよかったら、本当にうち、来る?」
楢崎課長が、柔らかな表情で隣の私を見る。
今から大事な訪問者が来るだけでも緊張するというのに、課長に誘われて、さらに心音が早鐘を鳴らしている。



