高坂さんが、デスクのPC画面に向き直るのを確認して、私も席に戻る。
社会の荒波が辛く厳しいものだと実感すると同時に、自分の婚約者という立ち位置の風当たりも強く感じた。
秘書室には、私を含め4名の秘書が働いている。
3名の秘書は皆、毎日の美容を欠かさず、ジムにも通っているとあってかモデル並みに綺麗だ。
その中でも高坂さんは一際美しく、年齢も29歳とあってか仕事に対する妥協が一切ない。
それでいて詩太さんと私用で連絡も取り合っているのだから、私に勝ち目などあるはずもない。
だって、私、詩太さんの連絡先すら知らないし。仕事以外の話をしたことが一切ない。
いや、仕事上でのやり取りもほぼ一文で終わる。
極めつけは、
「おかえりなさい部長。」
「ああただいま。高坂、頼んでいた東生会病院消化器内科との打ち合わせ資料出来てる?」
「ええ、ジェネリックの方の案内資料も一緒に出来ています。」
「見せて。」
部長室に入って行く詩太さんこと、十二村部長。その後ろを高坂さんがすかさずついていく。
部長室のドアは開いたままだ。
十二村部長はコートも脱がず、ソファに座り、高坂さんが用意した資料を確認しているのがここから見える。
さすが、後継者とあってか30歳という若さで営業部長の地位に就いている。
目の回るような忙しさに、十二村部長は無駄なおしゃべりはほとんどしない。それでも高坂さんに対しては『ただいま』を必ず言うのだ。
私なんて、目さえ合わせてもらえないっていうのに。
「それと今日の夜、瑞江総合病院の循環器内科との会食が入った。18時半には退社する。」
「そうなんですね。あそこの教授秘書、志水さん、でしたっけ? 大事な会食でも平気でついて来るって前に言ってましたよね?」
「あ? そうだったか?」
「営業から聞いた話では、十二村部長と前に付き合ってたって聞きましたけど。」
そんな話が聞こえてきた。
「志水さんとは一度食事にいったっきりだが?」
「十二村部長ってほんとおモテになりますよねえ。悪い女に引っかからないよう気をつけてくださいね。」
数ヶ月、この秘書室で過ごせば嫌でも分かる。
あれは高坂さんがわざと部長室のドアを開けたままにして、私に話し声を聞かせようとしているのだ。
つまり、『十二村部長はあなたのような女では釣り合わない』と、そう言いたいのだろう。
女子校で育った私は、女の遠回しの嫌味や計算高い部分については察しがいい方だ。
他の2人の秘書は、私と必要以上に関わらない。
高坂さんの手前、仲良くしてはいけないと思っているのだろう。



