二月二十五日の朝。
吐く息は白く、空は高く、街はまだ目を覚ましきっていなかった。
私は大学二年生。今日は講義がなく、用事で実家の近くまで来ていた。駅から大学へ続く道を歩いていると、自然と足取りが遅くなる。
校門の前に集まる受験生たちを見て、胸の奥がきゅっと縮んだ。
黒いコート、硬い表情、鞄に詰め込まれた一年分の時間。
――二年前の、私。
前日の夜、母が作ってくれたいつもより少し豪華な夕飯。
「早く寝なさい」と言いながら、何度も部屋をのぞいてきたこと。
父は多くを語らず、玄関で私の靴を揃えていた。
大丈夫、なんて誰も言わなかった。
それでも私は、守られていると感じていた。
校門の前で、ひとり立ち止まっている受験生がいた。
周囲が次々と中へ入っていく中、その子だけが動けずにいる。
私は気づけば、声をかけていた。
「今日、入試ですよね」
驚いたように顔を上げたその子は、うなずいた。
「私も、二年前ここで受けました。
朝、怖くて……足が動かなかったです」
正直な言葉に、受験生の表情が少し緩む。
「担任の先生に、こう言われたんです。
『答案用紙は、失敗を書く場所じゃない。君が積み上げた時間を書く場所だ』って」
あの言葉が、どれほど私を救ったか。
「全部できなくていい。一問ずつ、今までやってきたことを、置いてくればいいんです」
風が吹き、白い息が流れる。
「家族も、先生も、きっと今、あなたのこと考えてます。
教室で、家で、心の中で……応援してます」
受験生の目に、涙がにじんだ。
「……怖いです」
「怖くていいです。
怖いまま、行けるところまで行けばいい」
それは、二年前の自分に向けた言葉でもあった。
「いってらっしゃい」
受験生は深く息を吸い、校門をくぐっていった。
その背中は小さく、それでも確かに前を向いていた。
――そして、三月。
合格発表の日。
大学の掲示板の前に、人だかりができている。
番号を探す指が震える。
一度、目を閉じてから、もう一度、上から順に追った。
――あった。
その瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
涙があふれ、視界が滲む。
思い出すのは、あの朝の冷たい空気。
先生の言葉。
黙って背中を押してくれた家族。
名前も知らない大学生の「いってらっしゃい」。
私はスマートフォンを取り出し、母に電話をかける。
「……受かった」
受話器の向こうで、息をのむ音。
そして、泣き声。
その涙に、私も声を押さえきれなくなる。
白い朝に重なった応援は、確かに届いていた。
見えなくても、消えなくて、必要なときに必ず思い出せる。
今日、掲示板の前で泣いている誰かも、
いつかまた、白い朝に立つ誰かを、そっと送り出すのだろう。
そうやって、応援は受け継がれていく。
吐く息は白く、空は高く、街はまだ目を覚ましきっていなかった。
私は大学二年生。今日は講義がなく、用事で実家の近くまで来ていた。駅から大学へ続く道を歩いていると、自然と足取りが遅くなる。
校門の前に集まる受験生たちを見て、胸の奥がきゅっと縮んだ。
黒いコート、硬い表情、鞄に詰め込まれた一年分の時間。
――二年前の、私。
前日の夜、母が作ってくれたいつもより少し豪華な夕飯。
「早く寝なさい」と言いながら、何度も部屋をのぞいてきたこと。
父は多くを語らず、玄関で私の靴を揃えていた。
大丈夫、なんて誰も言わなかった。
それでも私は、守られていると感じていた。
校門の前で、ひとり立ち止まっている受験生がいた。
周囲が次々と中へ入っていく中、その子だけが動けずにいる。
私は気づけば、声をかけていた。
「今日、入試ですよね」
驚いたように顔を上げたその子は、うなずいた。
「私も、二年前ここで受けました。
朝、怖くて……足が動かなかったです」
正直な言葉に、受験生の表情が少し緩む。
「担任の先生に、こう言われたんです。
『答案用紙は、失敗を書く場所じゃない。君が積み上げた時間を書く場所だ』って」
あの言葉が、どれほど私を救ったか。
「全部できなくていい。一問ずつ、今までやってきたことを、置いてくればいいんです」
風が吹き、白い息が流れる。
「家族も、先生も、きっと今、あなたのこと考えてます。
教室で、家で、心の中で……応援してます」
受験生の目に、涙がにじんだ。
「……怖いです」
「怖くていいです。
怖いまま、行けるところまで行けばいい」
それは、二年前の自分に向けた言葉でもあった。
「いってらっしゃい」
受験生は深く息を吸い、校門をくぐっていった。
その背中は小さく、それでも確かに前を向いていた。
――そして、三月。
合格発表の日。
大学の掲示板の前に、人だかりができている。
番号を探す指が震える。
一度、目を閉じてから、もう一度、上から順に追った。
――あった。
その瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
涙があふれ、視界が滲む。
思い出すのは、あの朝の冷たい空気。
先生の言葉。
黙って背中を押してくれた家族。
名前も知らない大学生の「いってらっしゃい」。
私はスマートフォンを取り出し、母に電話をかける。
「……受かった」
受話器の向こうで、息をのむ音。
そして、泣き声。
その涙に、私も声を押さえきれなくなる。
白い朝に重なった応援は、確かに届いていた。
見えなくても、消えなくて、必要なときに必ず思い出せる。
今日、掲示板の前で泣いている誰かも、
いつかまた、白い朝に立つ誰かを、そっと送り出すのだろう。
そうやって、応援は受け継がれていく。



