池杉学園GOODグループ

 隣で鼻歌を歌いつつ画面を眺めている由には呆れてしまう。
 コメントのほとんどが、由にむけて好意的なものばかりで、見ているだけで自己肯定感が上がりそうだ。
 この言葉で七条由は構築されてきたってことか。嫌なことを言われ続けてきた俺からしたら、何が嬉しいのか全くもってよく分からない。

 放課後になって生徒会室へ向かう途中で、由が両手を突き上げて大きく伸びをした。堅苦しく、うさん臭い笑顔を振り撒いて過ごした授業中からようやく解放されて、良い子ちゃん神経がぷつりと切れるんだろう。

「あー! なんや、今日はえらい疲れたわ」

 なんだかもう、俺にはこっちの由の方がしっくりくる。教室にいる時の由がまるで他人だ。本当の由は、関西弁を喋って奇声を上げているとか、みんなは知らないんだろうなと、ついうらやましい目でクラスメイトたちを見てしまっていた。
 俺がレジェンドの孫じゃなくて、ただのクラスメイトAとしての立ち位置だったら、もしかしたら平和に暮らしていけたんだろうか? とも思ったりするけれど、もうそのことについては考えないことにした。無駄だから。

「あ! ちょっと待った、俺が扉開けるから!」

 生徒会室までたどり着くと、扉の取っ手に手を伸ばそうとしている由をストップさせて回り込んだ。
 毎回由が押してダメなら引いてみろと怒られていたのを聞いていたから、俺が扉を手前に引く。これでドアはすんなりと開くはず──だと思ったのに、ガチャっと音を立てるだけで開かない。
 ためしに、もう一度引いてみる。しかし、やっぱりガチャっとなるだけで開く様子がない。
 え、なにこれ。
 まさか俺がいつもの由の状況になっているんじゃ……と、不安になりつつ、一旦冷静になって引いてダメなら、押してみる。
 いや、やっぱり開かない。

「なに締め出しとんじゃーっ!」

 扉には一切触れていない由が、困惑する俺に変わって叫んだ。
 いつもなら、ここで「由くーん」と言って真心先輩が出てくるのだけど、今日は出てこない。
 静かな時間が数秒経過して、由が何かを思い出したように「あ!」と目を見開いた。

「そういや、今日は調理室で俺らの歓迎会するから、放課後は生徒会室やなくて調理室に来るようにって、さっきメッセージ入っとったわ」
「はぁ!?」

 なんだよそれ。早く言え! だから生徒会室に鍵かかってたんだろ。引いても開かないわけだよ。俺までおかしくなったのかと思っただろ。

「すっかり忘れとったわ、なんや、蒼輝にも届いてるやろ、森谷先生からのメッセージ。さっき開いたアカウント動かさな、連絡事項も見落とすねんで」
「は? 連絡とかあのアプリからしかやり取り出来ないのかよ? 口頭で伝えりゃいいだろ」
「池杉学園は初等部から高等部まで全部同じ建物に集結してんねん。俺ら生徒はそこまで行ったり来たりはせいへんけど、先生らはあちこち歩き回っとんねん。口頭で伝えようなんて思たら日が暮れるやろが」
「え、まじで? 先生方大変じゃん」
「それも仕事やねん、しゃーないやろ。教師って職業選んだのは本人達やねんから。大変とか言ってられへんのよ」

 いや、由って自分に甘いのに他人に厳しすぎないか?

「まぁ、じゃあとりあえず調理室に急ごう。俺たちのこと待っていてくれてるんだろ?」

 森谷先生も、今朝ケーキを作るとか言っていたし、歓迎されるのは嬉しいけれど迷惑はかけたくない。って言うか、メッセージちゃんと確認しといて忘れるとか、もっと由はしっかりしてほしいのだが。

「あっちが好きにやってんねん。別に急がなくてもええやん」

 のんびり歩き出す由の態度に、俺はとうとう反論の気持ちがおさえられなくなってしまう。

「さっきから言いたい放題だけどさ、由を中心に世界が回ってるわけじゃないんだぞ! 俺たちを迎える準備をしてくれて、ちゃんと調理室にくるようにって案内までされてるんだ。それをこっちの都合でのんびり歩くのは、失礼なことじゃないか? 向こうが歓迎してくれるなら、こっちだってそれ相応の気持ちで望まないと、相手に対して気持ちが同等にはならないだろ!」

 俺の叫びに、由はぽかんと口を開けて立ち止まっている。たぶん、俺がなにを言っているのか理解できていない顔だ。
 よく分かる。俺だって由の言葉に理解できないことはたくさんあるから。俺と由が分かり合える日なんて、この先来ないかもしれない。でも、由の考えを否定したくないし、俺の考えも否定されたくない。
 だから、俺はなにを言われようと俺の思ったことを言う。

「……蒼輝って、おもろいやつやな」

 ははっと笑う由に、俺は「うるせぇ」と吐き捨てる。

「じゃーあ、とことん歓迎してもらおうや」

 ニヤリと笑った顔は絶対になにかを企んでいる。