店内はざわめきに満ちていた。
酔った客がフラフラと歩き、スタッフが手際よくサポートする。
裏方では慌ただしくスタッフ達が、テーブルの段取りを打ち合わせ。
毎日がお祭りみたいだ。
カウンターの向こうで笑顔を作り、グラスを手に取り、声を張る。
「いらっしゃいませ!」
「Rey君、今日もかっこいいね!」
客の期待に応えることは、ホストとしての仕事の基本だ。
声をかけられるたび、自然に笑みを返す。
その笑顔は、外側のReyだけが見せるものだった。
「Rey君、もっと近くで話してよ!」
声に応えて笑顔を向ける。
心は無感覚、でも手だけは自然に動く。
グラスを渡す手も、話す声も、すべて仕事のための動作だ。
客の手を取り、グラスを差し出す動作も、すべてが仕事の延長だ。
ヘルプに付いた子が肩を落として隣に来た。
「Reyさーん、俺ダメっすわ。あの子ちょっと苦手です」
付いた卓でお客様と何かあったらしい。
俺は肩をトントンと叩いてなだめながら
「後で相談乗るよ」と言葉を交わして呼ばれた席に向かう。
今日も大忙しだ。
ふぅ… 売上表をちらりと見る。
「今日の指名は10人、総売上は前月比+3万円…No.3の急成長が話題になっている。それでも、まだ自分は数字で勝負できているはずだった。」
数字は嬉しいはずなのに、心は素直に喜べなかった。
客の笑顔、褒め言葉、指名のランキング―― どれも、演じた自分に向けられたもの。
麗としての自分ではなく、Reyとしての“商品”が評価されているだけだという感覚が、静かに胸に重くのしかかる。
ホストとしての仕事に没頭する自分を、どこかで正当化している。
心を麻痺させて誤魔化そうとしているのかもしれない。
この世界では、笑顔も会話も、すべて金に変わる。
元カノとの経験からも、愛情は仕事に持ち込まないと心に刻み込まれていた。
「今日は…ちょっと疲れたな」
頭の中でつぶやく言葉も、口には出さない。
そんな時、背後から軽い声が聞こえる。
「今日も頑張ってるな、麗くん」
同期で同じ歳の迅(しゅん)だった。
No.7くらいを行き来する売上だが、お互いに切磋琢磨してきた仲間だ。
俺が元カノのことで落ち込んで荒れていた時も、いつもそばで励まし支えてくれていたのが迅だった。
「俺、今月ちょっとだけ数字伸びてきたよ!」
笑いながら報告する迅の顔を見ると、少しだけ気が軽くなる。
「よし、じゃあ俺も負けてられないな」
本心ではなく、演技のリズムに乗せて言う。
でも、迅は知っている。
麗としての俺と、麗としてしか生きられない俺の現実を。
「お前には本当、尊敬しかないよ」
迅がそう言ってリアルの俺を知っていてくれる。
仕事を始めた理由を思い出す。
弟・航太の病院代、自分の大学の学費、家計の苦しい母の足しになるからだ。 家族のためだ。
それだけが、麗を背負った俺を動かす原動力だった。
感情は置き去り。
客の笑顔も、指名の声も、心を満たすものではない。
でも、必要とされていると錯覚させる温もりが、少しだけ慰めになった。
売上表に目を戻す。
数字は正直だ。
客の評価も正直だ。
でも、その正直さが、逆に自分の孤独を際立たせる。
誰も、麗としての俺に手を伸ばしてはいない。
ここにいるのは、麗の顔に被せたお面のReyだけだ。
夜が深くなる。
静かになった店内に、グラスの触れ合う音だけが響く。
沈黙の中で、俺は少しだけ肩の力を抜く。
誰も見ていない。
誰も求めていない。
麗としての自分に、ほんの一瞬だけ戻れる時間。
それでも明日になれば、またReyとしての笑顔を作らなければならない。
誰かを楽しませること。
指名をもらうこと。
売上を上げること。
全ては仕事だ。
全ては演技だ。
胸の奥で、麗は静かに息を潜めたまま。
沈黙の中で、少しずつ自分を取り戻す。
迅がいるだけで、俺は少しだけ自分を信じられる。
麗としての孤独も、少しだけ和らぐ。
そうしてまた明日の夜、再びReyを演じるのだ。
花の匂いとは正反対の、この甘ったるい空気の中で、
俺はまたReyの顔を被る。
酔った客がフラフラと歩き、スタッフが手際よくサポートする。
裏方では慌ただしくスタッフ達が、テーブルの段取りを打ち合わせ。
毎日がお祭りみたいだ。
カウンターの向こうで笑顔を作り、グラスを手に取り、声を張る。
「いらっしゃいませ!」
「Rey君、今日もかっこいいね!」
客の期待に応えることは、ホストとしての仕事の基本だ。
声をかけられるたび、自然に笑みを返す。
その笑顔は、外側のReyだけが見せるものだった。
「Rey君、もっと近くで話してよ!」
声に応えて笑顔を向ける。
心は無感覚、でも手だけは自然に動く。
グラスを渡す手も、話す声も、すべて仕事のための動作だ。
客の手を取り、グラスを差し出す動作も、すべてが仕事の延長だ。
ヘルプに付いた子が肩を落として隣に来た。
「Reyさーん、俺ダメっすわ。あの子ちょっと苦手です」
付いた卓でお客様と何かあったらしい。
俺は肩をトントンと叩いてなだめながら
「後で相談乗るよ」と言葉を交わして呼ばれた席に向かう。
今日も大忙しだ。
ふぅ… 売上表をちらりと見る。
「今日の指名は10人、総売上は前月比+3万円…No.3の急成長が話題になっている。それでも、まだ自分は数字で勝負できているはずだった。」
数字は嬉しいはずなのに、心は素直に喜べなかった。
客の笑顔、褒め言葉、指名のランキング―― どれも、演じた自分に向けられたもの。
麗としての自分ではなく、Reyとしての“商品”が評価されているだけだという感覚が、静かに胸に重くのしかかる。
ホストとしての仕事に没頭する自分を、どこかで正当化している。
心を麻痺させて誤魔化そうとしているのかもしれない。
この世界では、笑顔も会話も、すべて金に変わる。
元カノとの経験からも、愛情は仕事に持ち込まないと心に刻み込まれていた。
「今日は…ちょっと疲れたな」
頭の中でつぶやく言葉も、口には出さない。
そんな時、背後から軽い声が聞こえる。
「今日も頑張ってるな、麗くん」
同期で同じ歳の迅(しゅん)だった。
No.7くらいを行き来する売上だが、お互いに切磋琢磨してきた仲間だ。
俺が元カノのことで落ち込んで荒れていた時も、いつもそばで励まし支えてくれていたのが迅だった。
「俺、今月ちょっとだけ数字伸びてきたよ!」
笑いながら報告する迅の顔を見ると、少しだけ気が軽くなる。
「よし、じゃあ俺も負けてられないな」
本心ではなく、演技のリズムに乗せて言う。
でも、迅は知っている。
麗としての俺と、麗としてしか生きられない俺の現実を。
「お前には本当、尊敬しかないよ」
迅がそう言ってリアルの俺を知っていてくれる。
仕事を始めた理由を思い出す。
弟・航太の病院代、自分の大学の学費、家計の苦しい母の足しになるからだ。 家族のためだ。
それだけが、麗を背負った俺を動かす原動力だった。
感情は置き去り。
客の笑顔も、指名の声も、心を満たすものではない。
でも、必要とされていると錯覚させる温もりが、少しだけ慰めになった。
売上表に目を戻す。
数字は正直だ。
客の評価も正直だ。
でも、その正直さが、逆に自分の孤独を際立たせる。
誰も、麗としての俺に手を伸ばしてはいない。
ここにいるのは、麗の顔に被せたお面のReyだけだ。
夜が深くなる。
静かになった店内に、グラスの触れ合う音だけが響く。
沈黙の中で、俺は少しだけ肩の力を抜く。
誰も見ていない。
誰も求めていない。
麗としての自分に、ほんの一瞬だけ戻れる時間。
それでも明日になれば、またReyとしての笑顔を作らなければならない。
誰かを楽しませること。
指名をもらうこと。
売上を上げること。
全ては仕事だ。
全ては演技だ。
胸の奥で、麗は静かに息を潜めたまま。
沈黙の中で、少しずつ自分を取り戻す。
迅がいるだけで、俺は少しだけ自分を信じられる。
麗としての孤独も、少しだけ和らぐ。
そうしてまた明日の夜、再びReyを演じるのだ。
花の匂いとは正反対の、この甘ったるい空気の中で、
俺はまたReyの顔を被る。



