___麗華とは誰にも奪わせない生き方の名前である
「Rey」
その名前で呼ばれるたび、少しだけ肩の力を抜く。
それは俺の名前じゃない。
だから、ここでは楽でいられる。
グラスの縁に指をかけ、笑う。
外は寒いはずなのに室内は、色気、闘争心、執着で熱を帯びている。
甘い香りが、男と女の距離を必要以上に近づけていく。
ここではたくさんのドラマが生まれては、消えていく。
俺もまたこの場所では、
お姫様をもてなす王子様だった。
客の話を聞き、相槌を打つ。
この場所では、感情も人生も、全部演技でいい。
「Rey君って、ほんとイケメンだよね」
担当の女の子が、とろけた目で俺を見上げる。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
女の子は、キャーッと短く声を上げ、
グラスの中身を一気に飲み干した。
グラス同士が軽く触れ合い、
乾いた音が店内に溶けていく。
その音を合図に、
俺はまた“役”に戻る。
Reyは、そういう存在だ。
照明の下、鏡に映る自分は、
どこか他人みたいな顔をしている。
本名は、麗。
読みは同じはずなのに、
この夜で呼ばれるそれとは、まるで別の名前みたいだ。
本当の自分は、ここにはいない。
――麗、なんて名前は、この夜には必要ない。
志乃は、この世界を知らない。
俺が夜に何をしているか。
どんな名前で呼ばれているか。
どんな顔で笑っているか。
知らないままで、いいと思っている。
昼間に会うとき、
志乃は俺を「麗くん」と呼ぶ。
その呼び方だけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。
嘘をついている、とは思わない。
ただ、Reyとしての自分を話していないだけだ。
この仕事を辞めようと思ったことは、何度もある。
昼の仕事に切り替えて、
夜の自分をなかったことにしてしまえばいい。
それでも、辞めない。
理由を言葉にすると、
きっと軽くなる。
だから、言わない。
ただ――
志乃の前で「麗」でいるために、
夜の俺は「Rey」でい続ける。
それだけだ。
名前を借りる夜が終われば、
また何も変わらない一日が始まる。
それでも今夜も、
俺はこの名前を名乗る。



