掃除は社長管理下の元で

大声が早朝のフロアに響き渡る。
「あー、待て待てっ!!踏むな!!」

ベチョッ……

無惨にもその声は届かずに踏んだのは、おそらく高級店でオーダーメイドで仕立てられたであろう艶のある上質な革靴だった。

しかもパン自体は、朝から焼きたてで限定20個しかない並んで買った限定のジャムパンだった。

「踏んだ?!まっ、まじで?!?!」

このビルの掃除係の葛城カナタは、ボーゼンとして立ち尽くすしかできなかった。しかも朝から1時間も並んで買ったパンを踏まれたことに、ショックより先に驚きが勝ったのだ。

「ん、何を踏んだんだ?…パンか、これ…」

堂々と社内を歩き小さなつまづきにしか感じなかった男は、すぐに靴裏に違和感を感じ、秘書に渡されたハンカチで拭ったら、パンの持ち主を確かめることなく去ろうとしていた。
その男こそ、この会社のトップとも言える男、ITから機械工学や医療工学な多岐に渡るIT企業を束ねる、世界屈指の五条グループのCEO、五条一光だった。

「まて!こらぁ!!!男!!!!あたしのパン踏んづけた最低ヤロー!!!」

カナタは怒りを全身で表現して鼻息荒くドスドスと、五条の前に立ちはだかり足止めに入った。
もちろん相手の素性など知らない。

「どなたでしょうか?」と無表情で話す五条。

「このパンの持ち主だよ!!なんてことしてくれたんだよ、最低!まじ最悪!!どなたでしょうかじゃねーよ!!!」

まぁ、カナタも怒りはもっともだ。しかし五条には全く怒る理由がわからなかった。ただ落ちていたものを踏んだ、それだけの出来事に過ぎない。
カナタはまだ怒りが収まらず、ギャーギャーと罵詈雑言言葉が出てくる出てくる。

五条はそれに動じず黙って話を聞いて、最後にため息と共に出てきた言葉が、

「こんなところに置いている方が悪い、ゴミを捨てたままにするな」の一言のみ…

ただの社員が騒いでるだけと思っている。即座に秘書にパン代を払わせようとした時、カナタがフっと口角を上げて話す。嫌な感じとしか思えない。

「あんた、食い物の恨みの恐ろしさ知らないな?世の中金じゃないんだよ、マジ後悔するからな??」

そう言って掃除道具一式持って去っていったカナタであった。秘書からのパン代金を受け取らせる間もあたえずに…

 五条は朝から変な女に会ったなと思った。ただそれだけだった。
秘書は冷静にカナタのことを可哀想だなぁと思ってくれていた、まだ秘書の方が人として優しいかもしれない。
この傲慢な社長に敵う相手などいるはずもないのだから…

しかしその傲慢さがあるから今の五条グループはここまで這い上がってきたのも事実である。経営手腕は並外れていて、海外での外交から契約締結、新規事業開拓、株式チャートも常に上位等の五条グループの伸び幅は彼の働きが大きく影響しているのもまた事実である。

それに加え、眉と目が近く・鼻筋がスッとして整った顔立ち、艶のあるの黒髪のオールバック、オーダーメイドのスリーピースのスーツを着こなしている、というかスーツの方が着こなされている感じまである。
192cmの身長と筋肉を毎日鍛えているであろう体格で、女性社員が通った時にはドキっと一度は立ち止まって見惚れてしまうほどの容姿だ。さぞ女に苦労したことはないだろうと思われているのも事実である。

 カナタはそんな男のことなんて知らなかった。
いや、知るはずもない。ただの派遣の掃除係だからだ。『明後日から本気出す…』が信念のズボラで怠惰な26歳の162cmで大き過ぎず小さ過ぎでもない普通の女性。
ただ顔の見た目はそこそこ綺麗でいけてるのに、本人自体が全く自分の容姿に気づいてないのが残念なところだ。いつもすっぴんで、セミロングを雑に一つ結びしているだけ。なぜこの仕事を選んだのかは謎?である。

今のカナタの頭には、
「パン食べてたら落としただけなのに、パン潰されたぁ…泣」しかない。

限定パンの悲しみを引きずりながらも、丁寧にモップを持って床清掃をしている。仕事はとても丁寧なのが評判で、カナタの磨く床は鏡とまではいかないがツヤのある床に仕上がると、一部の社員からは評価されている。

潰されたパンは、出勤時間ををずらして寒い中1時間弱並んでやっと買えたカナタにとって神のパンだったのだ。
そして、踏んだ相手への復讐を密かに考えていることなど誰も知らない……怖っ

「あの男ぉ、怒!!あたしの使える技全て使ってでも絶対に仕返ししてやる!!!無表情でいられるのも今だけだからなぁ!!!!!」

相当怒っている……
いや、怒りを通り越して頭の中で入念に仕返し作戦をいくつも考え、何度も頭のなかでシミュレーションしているのだった。執念深い…