萌えとネイル

それから、
二人は互いの“好き”を共有するようになった。

昼休み。

教室の後ろのドアが開く。
ギャル子が入ってくる。

オタクくんは席に座っている。
そして、
もう逃げない。

それが、
当たり前になっていた。

「ねえねえ」

ギャル子はスマートフォンを差し出した。

「このネイルどう?」

画面の中には、
細かい模様の入ったネイルの写真。
小さな石が、光を反射している。

オタクくんは、
少しだけ身を乗り出した。

「……綺麗だと思います」

飾らない言葉だった。
ギャル子は、
満足そうに笑った。

「でしょ!」

別の日。
オタクくんは、
ふと気づいた。

「あ、ギャル子さん」

ギャル子が振り向く。

「ネイル、変えたんですね」

その言葉に、
ギャル子は自分の指先を見た。
そして、
笑った。

「ウケる」
「オタクくんの口からネイルなんて言葉出てくるとか、ガチ萌えなんだけど」

オタクくんは、
少しだけ困った顔をして、
でも、
笑った。

「ギャル子さんこそ……萌えなんて言葉、使うんですね」

一瞬、
沈黙。
そして、
二人同時に吹き出した。

「www」

窓から光が差し込む。
机の上に、
影が落ちる。
ネイルの瓶。
ライトノベル。

かつては、
交わらない世界の象徴だった。
でも今は、
同じ場所にあることが、
自然だった。

ギャル子は、
オタクくんを見た。
本を読む横顔。
静かな人。
でも、
ちゃんと見ている人。
ネイルの変化に気づく人。
自分を、
見てくれている人。

あの日、
話せなくなったとき、
寂しいと思った。
失いたくないと、
思った。

そのとき、
はっきりした。
この人は、
特別なんだと。

「ねえ」

ギャル子は言った。
オタクくんが顔を上げる。

「今日はさ」

少しだけ笑う。

「別のボクの好き、教えてあげる」

オタクくんの目が、
わずかに揺れる。

「別の……好き、ですか?」
「うん」

迷いはなかった。

「ボクの好きなのはね」

一瞬も逸らさず、
オタクくんを見る。
そして、
言った。

「オタクくんだよ」


静寂。


オタクくんの呼吸が止まる。

「え……」

信じられない、
という顔だった。

「冗談……ですよね?」

ギャル子は、
首を横に振った。

「そんな冗談、言わないよ」

まっすぐに、
続ける。

「オタクくんさ」
「髪型変えたり、ネイル変えたの気づいてくれるじゃん?」
「ちゃんと見てくれてるじゃん?」

言葉は、
自然に出てくる。

「一時期、話せなくなったとき」
「寂しかった」

はっきりと。
隠さずに。

「そのとき気づいたんだ」

一歩も引かず、
言う。

「ボク、オタクくんが好き」


沈黙。


オタクくんは、
俯いた。
手が、
震えている。

「でも……」

小さな声。

「僕なんか……」

言葉が、
詰まる。

「ギャル子さんに……釣り合うわけ……」

最後まで言えなかった。
ギャル子は、
少しだけ笑った。
オタクくんを見る。

「あれー?」
「オタクくん、私の好きを否定するんだ?」

顔を上げる。
目が合う。

「あのとき言ってたじゃん」
「人の好きは、人それぞれって」

オタクくんの目が、
揺れる。

「……それって」

ギャル子は、
頷いた。

「うん」
「あの日のこと、見てたんだよね」

教室の外から。
震えながら、
それでも声を出した姿を。

「思えば、あのときからだったなあ」
「気になり始めたの」

そして、
言った。

「だから」

少しだけ、
笑う。

「今度はオタクくんの好き、教えてくれる番じゃん?」

逃げ道は、
用意しなかった。
ただ、
待った。
オタクくんは、
目を閉じた。
そして、
開いた。

「……僕も」

声が震える。
それでも、
逃げなかった。

「僕も……ギャル子さんのこと……好きです!」

言い切った。

初めて、
自分の意思で。
沈黙。

そして、
ギャル子は笑った。

「あはは♪」

嬉しそうに。

「じゃあ、両想いだ!」

その言葉は、
軽くて、
でも、
確かだった。

「これからも、よろしくね」

オタクくんは、
頷いた。

「……はい」

光が、
机の上に落ちている。
ネイルと、
ライトノベルの上に。
もう、
別々の世界じゃなかった。