萌えとネイル

その日から、
二人はまた話すようになった。

昼休み。

ギャル子が教室に来る。
オタクくんは席にいる。
それが、
当たり前に戻った。

「昨日の続き見た?」
「はい……あのシーン、すごく良かったです」
「わかる!あそこ熱かったよね!」

笑う。
言葉が、
自然に続く。
以前みたいに、
何を話せばいいのか悩むことはなくなっていた。

ギャル子は、
浮かれていた。
自分でもわかるくらいに。

帰り道。
ひとりで歩きながら、
今日の会話を思い出す。
笑った顔。
驚いた顔。
楽しそうに話していた顔。
もっと、
話したいと思った。
もっと、
近づきたいと思った。
でも、
どうすればいいのかは、
わからなかった。

そのとき、
駅前の電光掲示板が目に入った。
カラフルな光。
大きな文字。
アニメ映画の広告。
プリキュア。
鮮やかなキャラクターたち。
ギャル子は、
立ち止まった。
そして、
思った。

「これじゃん!」

翌日。
放課後。

教室には、
まだ何人か残っていた。
オタクくんは、
いつもの席で本を読んでいる。
ギャル子は、
迷わず近づいた。

「オタクくーん!」

声が、
少しだけ弾む。
オタクくんが顔を上げる。

「は、はい」
「今度さ、プリキュアの映画やるんだって!」

言葉が、
止まらない。

「一緒に見に行かん?」

オタクくんの目が、
わずかに見開かれる。

「プリキュア……ですか?」
「ギャル子さん、プリキュア好きなんですか?」

ギャル子は、
首を横に振った。

「ううん。ただ、オタクくん好きかなー?て思って」

その瞬間。
空気が、
変わった。


オタクくんの表情が、
固まる。



「それは……」



声が、
少しだけ低くなる。

「僕がオタクだからですか?」

ギャル子は、
意味がわからなかった。

「へ……?」
「正直、今のは心外です」

オタクくんは、
続ける。
止まらない。

「オタクだからって、アニメは全部好きって思わないで欲しいです」

その言葉は、
静かだった。
でも、
確かに、
距離を作っていた。

「ギャル子さんが転スラ見てくれたって聞いたときは、嬉しかったです」

一度、
言葉が止まる。
そして、
続ける。

「でも、今のでわかりました」

視線が、
逸らされる。

「やっぱりギャル子さんは、僕と住む世界が違うんです」

胸の奥が、
冷たくなる。

「すみません。今日は帰りますので」

立ち上がる。
本を持つ。
歩き出す。

「え、あ……」

ギャル子は、
何も言えなかった。
こんなに饒舌なオタクくんを、
初めて見た。
でも、
それは、
嬉しいことじゃなかった。
全部、
自分のせいだった。
理解したつもりで、
理解していなかった。
近づいたつもりで、
決めつけていた。

「ボク……最低じゃん」

呟く。
胸が、
苦しい。
気づいたときには、
走り出していた。
謝らなければならない。
このまま終わらせたくない。

校門の近くで、
オタクくんの背中が見えた。

「オタクくん!」

声を出す。
追いつく。

「はぁ……はぁ……」

息が、
整わない。
オタクくんが振り返る。

「え……ど、どうしたんですか?」

驚いた顔。
ギャル子は、
深呼吸をした。

そして、
言った。


「ごめん!」


頭を下げる。

「ボクが勝手に、オタクくんはプリキュア好きって決めつけて……傷つけちゃった」

顔を上げる。

「でも、悪気ないんだ」

言葉が、
震える。

「もっとオタクくんと仲良くなりたくて……映画見たかったのは、本当だし」


沈黙。
数秒。


オタクくんは、
何も言わない。

でも、
立ち去らなかった。
それだけで、
少しだけ救われた気がした。

「だから……」

ギャル子は言った。

「これからも教えて欲しい!」

まっすぐ見つめる。

「オタクくんの好きなもの」

そして、
少しだけ笑う。

「ボクの好きなものも、教えるから」

風が吹いた。
静かな夕方だった。

オタクくんは、
ゆっくりと口を開いた。

「……はい」

それだけだった。
でも、
それだけで、
十分だった。