萌えとネイル

昼休み。

教室の後ろのドアが開く。
ギャル子は、そこに立っていた。

そして、
もう一度、確認する。
窓際最後列の席。
そこには、
誰もいなかった。
さっきまで、
いたはずなのに。
視線を動かす。
教室の中を見渡す。
いない。
まただ。

最初は、偶然だと思っていた。
タイミングが合わないだけだと。
でも、
違う。
昨日も、
一昨日も、
その前も。

ギャル子が教室に入ると、
オタクくんはいなくなる。
まるで、
逃げるみたいに。
胸の奥が、
ざわつく。

ヤンキー女の席に近づく。

「ねえ」

声をかける。

「オタクくん、どこ行ったか知ってる?」

ヤンキー女は、少しだけ考えてから、

「あー……さっき出てった」

と答えた。

「そっか」

それだけ言って、
ギャル子は教室を出た。
廊下を見渡す。
いた。

少し先を歩いている。
背中。
すぐにわかった。
追いかける。
距離はすぐに縮まる。

「オタクくん」

声をかける。
オタクくんの肩が、びくりと揺れた。
ゆっくり振り返る。

「あ……」

困った顔。
それを見た瞬間、
胸の奥が、少しだけ痛んだ。

「最近さ」

ギャル子は言った。

「ボクのこと、避けてるっしょ?」

オタクくんの視線が、揺れる。

「そ、そんなこと……ありません……」

嘘だとわかった。
でも、
責める気にはなれなかった。

「じゃあさ」

ギャル子は笑ってみせる。

「今日は、いつもみたいに話そーよ」

ほんの少し、
間が空く。
そして、
オタクくんは言った。

「今日は……新刊を読みたいので……失礼します……」

言葉は丁寧だった。
でも、
意味は明確だった。
拒絶。
ギャル子は、
一瞬だけ、
何も言えなかった。

そして、

「なんそれ」

とだけ言った。
オタクくんは、
それ以上何も言わずに、
歩き去っていった。
背中が、
遠ざかっていく。
最初は、
ただの興味だった。
本ばかり読んでいる、
静かな人。
話しかけると、
困った顔をする人。
それが、
少し面白かった。

でも、
あの日。
震えながら、
それでも声を出した姿を見て、
変わった。
もっと知りたいと、
思った。

そして、
今は。
話せないと、
寂しいと、
思っている。

「寂しい」

誰もいない廊下で、
小さく呟いた。

その夜。
部屋のベッドの上で、
ギャル子はスマートフォンを見ていた。
動画配信アプリを開く。
画面をスクロールする。
普段は見ないジャンル。
アニメ。

ふと、
目が止まる。
見覚えのあるキャラクター。

青い髪。
スライム。

タイトルを読む。
オタクくんが、
前に話していた作品だった。

配信中。
全25話。
1話、25分。
合計、
625分。
長い。
でも、
見れない長さじゃない。

ギャル子は、
再生ボタンを押した。
物語が始まる。

最初は、
よくわからなかった。
設定も、
用語も、
世界観も。
でも、
見続けた。
止めなかった。
理由は、
ひとつだった。
また、
話したかった。
同じものを知っていれば、
また、
話してくれる気がした。
夜が更ける。
目が疲れる。
それでも、
見続けた。

気づいたときには、
朝だった。



教室の前に立つ。
ドアの向こうに、
オタクくんがいる。
深呼吸をする。
そして、
ドアを開けた。
オタクくんは、
席に座って、
本を読んでいた。

逃げる前に、
話しかける。

「おはよ。オタクくん」

オタクくんが、
顔を上げる。
驚いた顔。
その瞬間、
ギャル子は言った。

「リムルってスライムの癖にガチ強くね?ボクもあんな魔法つかってみたーい」

沈黙。

オタクくんの目が、
大きく開かれる。

「!!?? なんでリムルって知ってるんですか?」

その反応を見て、
ギャル子は少しだけ笑った。

「んー、昨日徹夜で見たから」
「徹夜で……」

オタクくんの声が、
小さくなる。
その顔を見たとき、
ギャル子は、
やっと思った。
戻ってきた、と。
オタクくんは、
しばらく何も言わなかった。

でも、
立ち上がらなかった。
逃げなかった。
それだけで、
十分だった。

その日、
二人はたくさん話した。
物語のこと。
キャラクターのこと。
好きなシーンのこと。
オタクくんは、
笑った。
ギャル子も、
笑った。
久しぶりに、
同じ時間を過ごした。
もう、
前みたいに、
遠くなかった。