『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「お父様のことを愛していたから、わたくしはラクルテル侯爵家の淑女として相応しいよう努力してまいりましたの。お父様、わたくしは十分に役立ってきましたでしょう?」
「……っ……そ、それは……」
 
 歌姫として。
 主魔児(アルグ)として。
 ラクルテル侯爵令嬢として。
 幼いわたくしはお母様についていくこともできた。
 けれど、わたくしは貴族令嬢として王都に残り、継母にいくら嫌われようとも努力を重ねて家の役に立てるように生きてきたの。
 
「でもお父様はずっとご自分が……ご自分だけが可愛い方でしたのね。わたくしお父様にも愛想が尽きてしまいました」
 
 ごくり、とお父様の喉が鳴る。
 もう遅いのよね、なにもかもが。
 言葉にするととてもスッキリしてしまう。
 そうね、わたくしもうとっくの昔にお父様に愛想が尽きていた。
 
「でも侯爵家の当主としては尊敬しておりましたのよ。貴族として、そこだけは優秀な侯爵だと。……思っておりましたわ。今回の、家具総入れ替えの話を聞くまでは」
「いや……だから……それは……」
「ええ、家具総入れ替えの件、理由はわたくしも理解できましたからいいのです。女としてはお継母(かあ)様の言い分も理解できますわ。他の女が触ったものは嫌。ええ、わかりますとも。ですがそれは、お父様の個人資産の範囲でならわたくしもなにも申しませんでしたの」
 
 アリスへの依頼料。
 お母様へ国から支給された研究費と論文の報奨金。
 お祖父様に借金。
 これはとどめ。
 
「身内とはいえ他者のお金を黙って使ったのが、もう生理的に受付ませんわ。お継母(かあ)様としては侯爵家の人間のお金はすべて侯爵家のもの、という認識のようですが、それを正すこともせずにお継母(かあ)様の認識のままにお金を使う。貴族としての尊敬が音を立てて崩れましてよ」
「そ……それは……。その、ロゼリアの特別手当金が、想像していたよりも多かったから……父上に借金をしてもすぐに返せると……」
「貴族たる者、民に分配する家の財産を個人のものとして使ったばかりか、個人の感情を優先させるために借金までするとは侯爵家の当主として恥ずかしくありませんでしたの? 娘のお金に手をつけて、父として情けないと思いませんの? お継母(かあ)様が知らぬ、わからぬというのならば、教えて支えて差し上げるのか夫としてやるべきことではあまりせんの? 本当に心底、情けなくて軽蔑いたしましたわ」
 
 こればかりは継母も立ちすくんだまま困惑と失望したかのような表情。
 自分の夫が、自分に貴族夫人としての在り方をまるで教えなかったことにがっかりしたのかしら。
 だとしても、あなた自身でも学ぶ機会はあったのですよ?
 似たもの夫婦ですわね。
 
「お父様、せめてご自分で身を引いてくださいませ。家督はわたくしに譲ると、ご自分で判断してください。わたくしに引導を渡されたいのであれば、それもご自分で縋ってください。わたくし、これ以上お父様を嫌いになりたくありませんわ。ご隠居されたあとの面倒は最低限見ますから」
 
 幸い、家具は新しいものが屋敷の中に揃っているもの。
 郊外のラクルテル侯爵家の別邸は、使われなくなってから久しい。
 掃除の手配はできるけれど、家具は足りないだろう。
 以前使っていたものは使用人たちに下賜されて置き場に困っているようだし、お父様たちが引っ越してから戻せばいい。
 
「まさか、まさか……本当にこの女の言う通りに侯爵家当主の座を退くつもりなの……!? なんでよ!? あなたは侯爵としてしっかり働いて来たでしょう!? せめてユシスに侯爵の座が譲れる年齢になるまで待てば……」
「エルローラ……ユシスが侯爵家を継ぐのは……」
「ユシスが本気で望むのでしたら、魔力の多い女性を妻にすれば侯爵家を継ぐのは無理ではありませんわ。ここに呼んで希望を聞きますか? だとしてもお父様は隠居してくださいませ。いてもろくなことをしないのです。これ以上家の迷惑になるようなトラブルを起こされては困ります。それはお継母(かあ)様も同じですわよ。わたくし、可愛い弟と妹にこれ以上自分の実母にがっかりしてほしくはありませんもの」
「が、がっかりですって……!?」
「まさか知らなかったのですか? ご自分が母として、貴族の夫人として子どもたちに尊敬される立ち居振る舞いをしてきたと、胸を張っておっしゃれるのですか?」
「ッ――!!」
 
 まさかと思って聞いてみると、継母はようやくを顧みたのか椅子に崩れ落ちるように座り込む。
 昨日の夜から別邸で過ごしているあの子たちが自分の振る舞いのせいで貴族学園で笑いものにされているという情報も耳にしていない、なんて言わないわよね?
 
「でも、嫌よ……そんな……ッ、でも……っ」
「ロゼリア、最後のチャンスをおくれ。今のお前に引退を迫られると、我々は言いなりになるしかない。借金のことは……済まないと思って――」
「なりません。わたくし十年近く待ちました。機会などいくらでもございました。ですがわたくし、一度でもお父様とお継母(かあ)様を背中から撃つようなことをいたしましたか? どんなに罵られても嫌がらせをされても、それだけはしませんでしたわ。望まぬ方との婚約のお話も、それがラクルテル侯爵家のためならばわたくしは耐えました。ですがお父様とお継母(かあ)様は今回、ラクルテル侯爵家の家のためのお金に手をつけました。それが決定的なのです。改善していくのならまだしも、悪化の一途。先ほど申し上げた通り、お父様への尊敬も愛情ももうすり減り切ってしまいましたの。今の対応でさらに幻滅してしまいましたわ。家族としての情、最後の情けで申し上げておりますのよ。まだあがくのでしたらきっぱり斬り捨てる方向で引導を渡しますがよろしくて?」