『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「素晴らしい建築技術ですわね。聖女様と女神の生まれ変わりを瘴兵に差し出すような、愚かな判断をした国だと伝わっていたけれど、何百年も経った今でもこれほど大きな扉はなかなかお目にかかれませんわね」
「確かに。瘴気が邪魔で全容がわからないのが惜しいな」

 さすがブリジット様。
 数多の国々を渡り歩いたブリジット様がそうおっしゃるのだから、やはり技術力は今の時代のものから見てもかなりのものだもの。
 古代建築家ローモンの系統に見えるけれど、この時代の扉なのに縁が金属で増強されているのはすごいわね。

「じゃあ開けてみるねー」
「一人で開けられるのか?」
「まあまあ。僕だって伊達に騎士やってないよ」

 ブリジット様、さすがにそれはユリッシュを舐めすぎですわ、という前に、身体強化したユリッシュが片手で扉を押す。
 何百年も無人の城の床は砂埃が溜まり、扉をつっかえさせている。
 それもものともせず、ゾリゾリと絶妙に嫌な音を立てながら扉が少しずつ開いていく。

「「「「!?」」」」

 片方の扉が完全に開くと、城中に充満していた黒い瘴気が開けた扉の先に収束していく。
 向かう先が……だんだんと見えてきた。
 あれは、玉座!

「あれだ……変な気配……! 椅子の上にある、黒い水晶! 女神の、古い体……! そんな……ああ、なんてひどいこと……!」
「ハレノ様!? どうなさったの!?」
「ハレノ嬢!?」

 突然、ハレノ様が頭を抱えて崩れ落ちる。
 わたくしとユリッシュがすぐに方を支えるけれど、ハレノ様は譫言のように「ひどい、ひどい」と呟いて泣く。
 それでも結界は微動だにしないので、安心ではあるのだけれど……。

『聖女が。生意気にも我が城にやって来るとは。ソアリアは我が物! 身も心も! 永遠に我のものよ!』
「あいつは……!」
「……バミニオス――か」

 瘴気が一人の人間の形に変わった。
 いえ、顕現した。
 瘴兵と同じ現象だろう。

「最っっっ……低! 最低! 最低!」
「ハレノ様? 大丈夫ですか?」
「あいつ! 最低!」

 涙を溜めながら、ハレノ様が立ち上がる。
 立ち上がって、玉座に立つ顕現したバミニオスを指差す。
 聖女であるハレノ様、なにかを感じ取ったの?

「ハレノ嬢」
「ユリッシュさん……あいつ、あいつ、最低なの……あいつ……!」
「どうしたの? 大丈夫だよ。あいつが最低なのはわかっている。ここまで来たら、やるしかないしね」
「あいつが持っている、あの黒い水晶玉……あれは……女神ソアリアの、肉体だったものなの……!」
「っ!?」

 涙を拭いながら、ハレノ様が指差していたのは黒い水晶玉。
 あれが――女神ソアリア様の……肉体!?
 いえ、肉体、だったもの(・・・・・)……!

「肉体から、流れ込んできました……! あいつ、あいつが女神ソアリア様を、国民全員を人質にして誘き寄せて……ひどいことを……! 女神様は、嫌だったから……水晶になって身を守ったんです! でも、あいつはあの水晶にもひどいことを繰り返したんです。それで……女神様は魂も力も水晶玉の中にいられなくなって……それで……っ」
「な……っ」

 クックッ、と喉を鳴らして笑うバミニオス。
 思わず口を手で覆ってしまう。
 ハレノ様の言うひどいことというのは……おそらく本来夫婦で行う営みのこと。
 愛がなくとも夫婦であれば子作りのためにしなければならないのは、貴族である以上知っている。
 しかしまさか……!
 まさか、水晶玉に……!?
 な、なんという穢らわしい……!

「変態、ここに極まれり、ってこと? そこまでして女神ソアリアに執着していたの?」
『男ならばわかるであろう? 愛しき美しい女を、我が物として蹂躙の限りを尽くしてやりたいと! それが神ならば尚更だろう! 世界のすべてを手にした我にこそ! 女神ソアリアは相応しい! だからこれは、当然のことだ!』
「では、瘴気は――」
「あいつの……穢れた欲望……。それが、黒く濁って汚された女神様の肉体に溜め込めなくて、瘴気という形で出ているんです! 瘴気が瘴兵になるのも、あいつの欲望が瘴気そのものだから!」

 なるほど、吐き気がいたしますわね。
 自分のことしか考えない。
 女神ソアリア様の心も、体も……あいつが好きにしてよいものではないというのに。

「この国の人たちが、バミニオスに女神の生まれ変わりと聖女様を捧げたりしなければ……あいつに“空間”に干渉する力を与えなかった!」
「探す手段を与えてしまった、ということか。国を奪われ、さらに後世の世界を危険に晒し続けることになるとはこの国の当時の王も思わなかっただろうが――結局のところ、元凶が古代の悪王バミニオスであることには変わりはない」
「そうですわね。先程この城に充満していた瘴気。人の体を瞬く間に奪うほど濃く、悍ましいその根源がその欲望であるのでしたら……元を断つ他ないでしょう」
「元々その予定だしね。フィアナが安心して暮らせる世界のため。……ハレノ嬢が安心して元の世界に帰れるように――貴様にはここで消滅してもらうよ!」

 ちょうどいいことに、すべての瘴気はバミニオスに集結している。
 共に来た騎士たちも武器を構え、戦闘態勢。
 ここですべてを、終わらせましょう!

「ハレノ様、どうかわたくしたちにご加護を!」
「はい! みんなを守る力よ、どうかここに! 来たれ!」

 ハレノ様が手を掲げ、叫ぶ。
 結界だった光がわたくしたちを包み込み、瘴気の影響を受けないようにしてくださった。

「私も戦う……! 同じ女としてあいつは絶対許せない! お前みたいなストーカーは、私が絶対やっつける!」