『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


 崖の下に見えるのは、明確に地盤が落ちた首都クラスの大きさの町。
 円形の町なのはわかるけれど、その町がくり抜かれたように数十メートル下に岩盤ごと落ちているのはいったいどういうことなのかしら?
 町は見るからに薄黒い霧――瘴気に満ちている。
 森の空気は澄んでいるのに……。

「あ、あれ……あの、中心部にある、お城……」
「はい?」
「お城から、なんだか……気配を感じます。なんというか、よくわからない……空間の割れ目とは違う……」

 ブリジット様とユリッシュ、わたくしで頷き合う。
 聖女様であるハレノ様が“なにか”を感じ取った。
 空間の割れ目とは違う気配、ね。

「ハレノ様、わたくしたちの方に結界を張れますか? 瘴気がかなり濃いようです」
「えっと、結界ってどうしたらいいんですか?」
「そうですわね……わたくしには聖女様のお力はありませんので……説明が間違っていたら申し訳ないのですが――こう、半円形に透明な壁で覆い、瘴気が入り込まないようにする、イメージでしょうか」
「やってみます」

 わたくしの雑な説明でも、ハレノ様はすぐに実践に移ってくださる。
 この行動力。
 ハレノ様はやはりかなり変わられたわよね。
 手を掲げ、ハレノ様が目を閉じる。
 途端に、わたくしの説明通り半円形の青白い光がわたくしたちを包み込む。

「こんな感じ……でしょうか?」
「素晴らしいですわ! 初めてとは思えません!」
「それで、ここからどのように町に下りるのですか?」
「任せろ」

 案内役の騎士の一人が不安気に下を見下ろす。
 目下に広がる王都であっただろう町は、数十メートル岩盤ごと落ちている。
 そこに下りるための手段も怪しければ、帰る方法も簡単ではない。
 普通ならば(・・・・・)

瞬間移動(テレポート)

 足下に魔法陣が広がり、その上に乗っていた人間が全員そのままの状態で移動する。
 任せろ、とおっしゃった通りブリジット様が瞬間移動の魔法で移動して町に降り立つ。
 振り返ると崖がほとんど見えず、目の前には王城。
 ものすごい距離を飛んだわね。
 すがブリジット様だわ。

「こ、これは……!?」
「瞬間移動の魔法だ。この国にはないが、隣の大陸では一部の風魔法を極めた風魔法使師が扱えた。それなりの魔力量を必要とするので、普通の魔法師には難しいだろう」
「このような魔法が他国にはあるのか」
「すごいな……」

 さすがは王宮筆頭魔法師だわ。
 他国の魔法を修得して来られているなんて。
 この国でも普及……するのかしら?
 便利だとは思うけれど、わたくしから見てもかなり膨大な魔力が必要となりそう。
 確かに普通の魔法師には難しいわね。
 複数人でなら、使えそうだけれど。

「ハレノ、その謎の気配とはこの近くか?」
「は、はい。お城の中からです」
「城のどのあたりかは、わかるか?」
「えっと、真ん中らへんの……ちょっとこっち側のお部屋?」
「だいたい二階の東寄りの部屋のようだな」
「探ってみよう。みんな、ちょっと待って」

 ハレノ様とブリジット様の会話を聞いて、ユリッシュが地面に跪く。
 そのまま手のひらを地面に当てない、目を閉じる。
 ユリッシュが使うのは土魔法の一種。
 大地、土を用いた建物の形、地形を感知できる【大地同調】という魔法である。
 わたくしたち――主魔児(アルグ)は普通の人間と違って発見されているすべての属性魔法を使うことができるのだ。
 一般の魔法師は一つが二つの属性を極めて王宮魔法師団に入る方が、効率がいい。
 すべての属性を中途半端に使えるよりは、一つが二つを極めた方が王宮魔法師としては“役割”が与えられやすいものね。
 しかし、わたくしたちのような主魔児(アルグ)は一定以上の魔法が初見でも簡単に使えてしまう。
 もちろん、理解を深めるために学ぶことは必須だけれど。

「うん、だいたい城内の構造は把握した。僕が先行するよ」
「なにがあるのかは見えまして?」
「謁見の間、のようだね。でも、生き物の気配はまったくない」
「この濃度の瘴気が瘴兵に顕現したら厄介だ。早速進もう」

 確かにこれだけの瘴気が漂っているということは、この瘴気がそのまま瘴兵になったらそれだけ強く頑丈になるということね。
 城の中に堂々と正面の門から突入する。
 ユリッシュの言う通り生き物の気配はなく、正気は濃くなるばかり。
 半円形の結界の中でなければ、先頭を歩くユリッシュを見失っていただろう。
 城の中は濃い瘴気の霧のせいで、右も左もわからないのだから。

「こ、この黒い霧、すべて瘴気なんですよね……?」
「ええ。結界から一歩でも出れば、魔力を持っていても瞬く間に腐り落ちる量と濃度の瘴気ですわ。ハレノ様がいなければわたくしたち主魔児(アルグ)でも数分ともたなかったでしょう」
「ねー。僕らも色々な場所で障兵と戦ってきたけれど、こんなに濃い瘴気初めて見たよ。なんか、バミニオスの亡国にやってきた、って実感してきたーぁ」

 などと明るく言うユリッシュ。
 しかし、こめかみからは冷や汗。
 結界の周りを囲むのが、どす黒く目の前もよく見えない“漆黒”。
 わたくしたちが歩くことで、結界の中の床だけが見える状態。

「ここを右だね。行くよ?」
「ええ」
「はい」

 ユリッシュが指差す方に、全員が向き歩き出す。
 一人でも結界から出ないように、慎重に。
 階段をのぼり、左側に少し進む。

「この部屋、かな?」
「そのようだな」

 目の前に現れたのは、結界よりも大きな扉。
 これが、謁見の間……かしら?
 わが国の城のものよりも大きい扉だわ。