『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


 翌日にわたくしとハレノ様はお母様の屋敷の使用人が用意してくれた馬車に乗り、騎士舎に向かいブリジット様とユリッシュ、他の先行部隊と合流。
 オルバグの部隊長様が目的地の付近の村出身の騎士を、案内役として同行させてくださるという。
 相乗り馬車に騎士たちが乗り込み、わたくしとハレノ様は騎士団のボックス馬車に乗せられて約一時間。
 小さな村だが、平和そう。
 
「引っ越しはしておりませんのね」
「はい。各地で聖女様が浄化を行ってくださったおかげか、先行部隊が応戦しただけで出現しなくなっていったため引っ越しには至らなくてもよい、と村長が決断したのです。やはり聖女様がいらっしゃるだけで世界が平和になるのですね!」
「そ、そんな……!? ……そ、そうなんですか?」
「さあ……? 我が国は聖女様と女神の生まれ変わりが現れたこと数百年ぶりと言われておりますから……」
 
 どうなのかしら?
 ただ、フィアナ(女神の生まれ変わり)がいたのに、なかなか聖女様が現れなかったことでいくつもの村や町が引っ越しを行い、騎士団は頻繁に遠征に向かった。
 食糧生産率はどんどん低下し、国防費は嵩む一方。
 聖女様がいるだけで瘴兵や瘴気が減る、という話は、聞いたことがない。
 文献にもそのような表現を見たことはないわね?
 他国ではどうなのかしら、とブリジット様の方を見ると少しだけ目を丸くされる。
 
「聖女がいたとて瘴兵や瘴気が減るということはない。むしろ……今回、新たな空間の割れ目や瘴兵が現れないというのは……気味が悪いな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。俺が訪れた国の女神の生まれ変わりと聖女の記録のほとんどに、『聖女が現れたあと、バミニオスの瘴兵の猛攻がより激しくなる』とあった。もしかしたら、バミニオスは兵力を再編成し、整えている可能性がある」
「そんな……」
「そうなのですね」
 
 目を伏せる。
 確かに……文献や記録の中には『瘴気や瘴兵の猛攻に、聖女が命を落とした』というものがいくつかあった。
 だからこそ、遠い過去の聖女召喚の儀にて“聖女の予備”なる存在が確認されたのだ。
 つまり、これまでの八ヶ所は“聖女が現れるかどうか”を試しつつ女神の生まれ変わりを捜索する部隊だった、という可能性があるのね。
 わたくしたちが思った以上に瘴兵やバミニオスはちゃわとした“軍隊”なのかもしれない。
 でも、よくよく考えれば……そうよね。
 だからこそ、『バミニオスの亡国』――国という扱いとして語り継がれてきたのだもの。
 この国に聖女様や女神の生まれ変わりが現れなかっただけで、他の大陸や他国にはそのような脅威に晒され続けてきた。
 
「では、わたくしたちで終わらせましょう」
「え……?」
「青い森に行って――瘴気や瘴兵の元を叩くのです。最初からそういう話でしたでしょう? これまで攻めるだけで人間たちが右往左往していたのを見ていたのです。きっと逆は経験がないはずですわ」
「確かに!」
「ああ……!」
「言われてみれば……確かにその通りだな」
「そうでございましょう?」
 
 ユリッシュとブリジット様、案内の騎士様も盲点だった、と言わんばかりに手を叩く。
 バミニオスも瘴兵たちも、神出鬼没で攻めること、特に奇襲には慣れている。
 古代、存在していた頃でも他国へ攻め込むことばかりだったはず。
 逆に攻め込まれる方に回ることは少なかったのでは?
 女神様も聖女様もできる限りバミニオスからは離れたく思っていたのか、青い森と隣接する我が国に誕生するのは数百年ぶり。
 しかし、逆に言えば青い森と隣接するこの国に女神様の“盾”である聖女様がいる、ということは……だ。
 聖女様が“矛”にもなり得るということ。
 
「思い知らせて差し上げましょう。いつまでもやられっぱなしではないのだと! 女性の扱いも知らぬ蛮族には、女性の強さを見せつけるのです!」
「そうですね……! うん……! なんかムカついてきましたもん、私!」
「ですわよね」
「こそこそしてるくせに、人にたくさん、長い間迷惑をかけて……! ストーカーのくせに! なんで被害者側がこそこそしなきゃいけないんだろうって!」
「わたくしもそう思います」
 
 うん、とハレノ様が拳を握って気合いを入れ直す。
 そしてすぐに左の方向を向いて「向こうの方から空間の割れ目の気配を感じます!」と歩き始めた。
 村の人たちはのどかに畑を耕したり、牛を放牧したりしている。
 とても瘴兵の被害に悩んでいるようには見えない。
 やはり……妙だわ。
 今まで遠征で回ってきた場所とは緊張感が違うというか……被害がまったく出ていないのかしら?
 
「あれです!」
「ど、どれ?」
「相変わらず聖女にしかわからない大きさだな」
「すぐに消してきます!」
 
 ハレノ様が駆け寄ったのは、村のはずれの大きな木の根本。
 頰に手を当てて隣に急ぐ。
 ハレノ様が指差したのは、小指の先ぐらいの小さな穴。
 こ、こんなのハレノ様ではないとかわからないわ……!
 
「えい!」
「――これで確認されている空間の割れ目はすべて消えた、ということでしょうか」
「多分……? 近くにはないと思います。なにも感じないので」
「あっさり終わったね」
「は、はい」
「少子抜けだな」
 
 でも、だからこそ不気味ではある。
 青い森への調査……国防の意味でも早急に行うべきね。