『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「ふう……終わりました」

「ほ、本当にあの量が一日で終わってしまうなんて……!」
「遠征についてだが、明日にでも浄化に向かっていいだろうか?」
「は、はい! すぐに準備に取りかかります! 明日の朝九時に出立でよろしいですか?」
「ああ、それで頼む」

 ほっと胸を撫で下ろす。
 特にハレノ様は、ここが最後の浄化場所なので『やっと終わる』という表情。
 そうよね。
 ハレノ様にとっては恐ろしい日々だったものね。
 ただ、この世界は普通に生きていても突然瘴兵が襲ってくることがある。
 ハレノ様には信じ難いことだろう。
 だが、それももしかしたら――お母様の推測の証明ができたなら――それもなくなる。
 その調査に行けるのは祝祭のあと。
 でも……本当の問題はそのあとなのよね。
 遠征も終わり、もしお母様の推測が現実のものとなり、世界の在り方としてバミニオスや瘴兵に怯えなくて済むようになったのだとしたら……。
 どちらにしても王都には戻らねばならない。
 王都に戻れば婚約披露パーティーにつき合わされるのよね。
 面倒だわ。
 でも、興味もあるのよね。
 ヒメナ様が今、どんなふうになっているのか。
 わたくしたちが帰郷を引き延ばせば引き延ばすだけ、婚約披露パーティーは遅れる。
 勝手にやればよいと思うのだけれど、どうにかして、わたくしたちに見せつけたいのだろう。
 というより、ヒメナ様にとってわたくしとハレノ様への“勝利宣言”の場なのだ。
 わたくしたちが来なければなんの意味もない。
 思わず笑いがこぼれそうになるが、この場で笑うのはいけない。
 わたくしのところに入ってくる情報の使い道が豊富で、どこからどうしてやろうか悩みどころなのよね。
 とりあえず王妃様には“したためさせて”いただいたけれど、王妃様が先に動いてくださっても別に構わないのよね。
 残念ながら王妃様は国王陛下に見た目だけで選ばれた、身分の低い田舎の出身。
 時折わたくしにも為政者としての在り方を質問してくるほどに気が弱く、知識も度胸も足りない。
 そんなご自分を酷く恥じ、己の権威を誇示する責任にも怯えている。
 国王陛下からの愛は絶大だけれど、だからこそわたくしには為政者の部分を強く求められた。
 悪い方ではないのだけれど、その辺りが本当に苦手な方なのよね。
 元々はお母様が“友人”として王宮務めをしていたのだが、継母が嫁いできてお母様が王都から離れた結果孤立と引きこもりに拍車がかかった。
 まあ、王妃様から国王陛下にわたくしの集めた情報が渡れば、別の角度からアプローチがされるかもしれない。
 様子見、ね。

「これでやっと、瘴兵に悩まされている人たちを全員助けられるんですね」
「ええ。そうですわね」
「それが終わったら、青い森を調べに行く……ですよね。もしも瘴気を発生させるなにかがあれば……私が浄化して、瘴気の“元”を消す。そしたら……!」
「はい。この世界から瘴気が消えて、もう二度と、瘴気や瘴兵で人々が苦しむことはなくなります」

 頷くと、ハレノ様は真剣な表情でわたくしを見上げて、頷く。
 なんて真っ直ぐな瞳……。

「ブリジットさん」
「なんだ?」
「もしも、瘴兵が二度と発生しなくなったら……私を、元の世界に帰してください。……お願いします」

 頭を下げるハレノ様。
 ……そう、決められたのね。
 元の世界に、お帰りになるのだと。
 ユリッシュとは話をしていないと思うのだけれど。
 チラリとユリッシュの方を見ると、傷ついた顔をしている。
 でも、ユリッシュもハレノ様が元の世界に帰りたがっていたことは知っていた。
 だから、悲しそうだけれど……引き留めるようなことはしない。

「わかった。準備を始めておこう。だが、時間はかかるぞ。最低でも一ヶ月」
「はい。それでも、いいです。あの……ロゼリア先生……私……」
「ハレノ様はずっと元の世界に帰りたいとおっしゃっていましたものね。いいと思いますわ。青い森を調べ、瘴気を完全に打ち負かして王都に堂々と凱旋いたしましょう! それだけの戦果をもたらせば、国王陛下も誰も、ハレノ様が元の世界に帰ることを引き止めたりなどできません!」
「は……はいっ」

 ああ、美しいわね。
 腹を括った、と言うべきか。
 覚悟を決めた女の子の瞳のなんて美しいことだろうか。
 わたくし、なにがあってもハレノ様に最後までおつき合いしますわ。
 どんなことがあっても、わたくしはハレノ様の味方でいる。
 ――そのために立ちはだかるのなら、あなたでも容赦はしないわ、エルキュール殿下。
 ハレノ様の“聖女”の地位を“聖女”としての役割も果たしていない“淑女ですらない”人間に与える、などと戯言を本当に実行してしまったあなたは――いったいどこまで愚かになってしまったのかしら?
 しかも、わたくしを側妃にして自分は妃としての仕事もしようとしないなんて、そんな提案をしてきたのは“彼女(ヒメナ様)”なのでしょう?
 婚約披露パーティー?
 わたくしへの勝利宣言?
 本当に面白い冗談ね。
 ええ、ええ、もちろん真っ正面から叩き潰して差し上げてよ?

「それじゃあ、気合いを入れて青い森の調査に行かなくてはね! 君の護衛をできるのがあとわずかだと思うと寂しいけれど……ハレノ嬢は必ず、元の世界に無事に帰してみせるよ」
「ユリッシュさん……」