『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


 この町は女神様より聖女様に対して信仰が強い。
 聖女ロゼ様のおかげだ。
 わたくしの名前も、この町出身のお母様がロゼ様からなぞってつけられた。
 偉大なかつての聖女様の名前だから、お父様もすんなり受け入れたらしい。
 だから――まあ、ハレノ様の来訪は、騎士舎くで瞬く間に広がって、かなりの数の騎士が集まってきている。

「あれが聖女様?」
「美人すぎないか?」
「ば、ばか。金髪の美女はロメーヌ様のご息女だよ」
「あ、ああ、だよな。じゃあ、その隣の黒髪の子? 若くないか?」
「眼鏡している。金持ちなんだな」
「結構可愛くないか?」

 はあ、と溜息を吐く。
 ハレノ様にグイグイと握手を求める騎士たち。
 人見知りのハレノ様にはしんどそうだったので、ゆっくり引き離して背に庇う。
 こういうのはユリッシュにやってほしいわ、と思っていたら、物陰に隠れてハレノ様を見ている騎士たちを牽制していた。
 まあ、それも大事、かな?

「遅くなりました。オルバグの部隊長を務めます、ハーヴィッド・クレイと申します」
「初めまして、ロゼリア・ラクルテルと申します。ハレノ様部隊長様だそうですわ」
「あ、は、初めまして、晴乃・京ヶ瀬といいます」
「お会いできて光栄です! 聖女様!」

 物陰に隠れていた騎士たちを押し除けて入ってきたのはオルバグの部隊長。
 この町の最高責任者の騎士。
 彼が来たのは、これから瘴兵討伐と空間の割れ目がある場所についての話し合い。
 祭りの前に行くべきか、日程の調整。
 恋人の祝祭は夏の二月目第四週。
 来週、なのよね。
 今、騎士団の中でも衣装への火耐性付与で大忙しのはず。
 そんなところを借り出すのはいささか効率が悪いような……。
 わたくしの心配は部隊長も考えていたらしく、付与を理由に祝祭のあとで遠征に向かうべきだろうかとおっしゃっている。
 しかしユリッシュやブリジット様はそれを聞いて「僕らが付与を手伝うよ」「我々は主魔児(アルグ)だから、付与はすぐに終わる」とおっしゃった。

「それならわたくしもお手伝いしますわ。お母様にも言われておりますし」
「なんと、よろしいのですか……? ロゼリア様には当日の歌姫も務めていただけるとお伺いしておりますが」
「は、はい?」

 それはわたくしも知らないんですが?
 わたくしが?
 恋人の祝祭の歌姫……?

「ロメーヌ様からそのように聞いております。ロゼリア様は断らないだろうと」
「そ、そもそもそのようなお話はいただいておりませんわね」
「ええ? おかしいですね? 市長から頼まれて、ロメーヌ様が了承して、我々に警備の話が来ておりましたが……」

 頭を抱える。
 お母様……きっと討伐が何日になるかわからなかったから、まだわたくしに話をしていないのだろうけれど……。
 わたくしなら頼めばなんでもしてくれると思っておられない?
 ……お母様に頼まれたら、そりゃ……やるけど。

「正式にお話をいただきましたら、その時は前向きに検討いたしますわ。ですがまだお話自体が来ておりませんので」
「前向きに、ですか!? ありがとうございます!」

 だからやるとは言っていないのだけれど。
 というか、この町の貴族はわたくしが歌姫でもいいのかしら?
 各町、村で歌姫の選定会はそれぞれ行われると思うのだけれど。

「早速付与する衣装を持ってきてくれるか?」
「今から付与をしていただけるのですか!?」
「祝祭を心置きなく堪能するためにも、今日中に付与を終わらせてしまおう。主魔児(アルグ)が三人もいれば簡単に終わる」
「そうですわね」
「賛成賛成! ね、ハレノ嬢。祝祭の日はぜひ僕と回らない? 衣装は僕が用意して贈るから」
「え……えっと……は、はい」

 どさくさに紛れてハレノ様を恋人の祝祭に誘っているユリッシュ。
 さすがだわ。
 思わずブリジット様の方を見ると、まるで『あなたに任せる。ただよければ一緒に回りたいと思っている』と目線で訴えかけられた。
 ブリジット様ってこういう時とてもわかりやすいのよね。
 魔法師団の方に言うと信じられないという顔をされるのだけれど。
 観察していればとてもわかりやすい方。
 すぐに眉を寄せるところは、彼が不快に感じているという意味だがなにに対してそう思っているのか、前後のやり取りを思い出せばすぐにわかる。
 目を閉じた時は機嫌がよい時。
 特に自分から意見を出す必要がないほどに周りがスムーズに解決策を出してくれた時など、主魔児(アルグ)であり筆頭魔法師の彼の思った通りになったら弟子や同僚の成長を感じて嬉しそうにしている。
 よいことにはよい、周りに迷惑だったりよくないことにはよくない、と顔に出るのだ。
 ただ、常日頃無表情、もしくは厳しい表情をしているのでわかりづらいと言われるのではないだろうか。
 慣れてしまうとこんなにわかりやすくて貴族としてやっていけるのかと、心配になってしまうほど。
 ただ、この無表情だったり厳しい表情だったりするところはおそらく様々な大陸の国々を渡り歩いた結果の“自衛”方法なのだろうな、と思う。
 わたくしが笑顔で武装しているのと同じ。
 ブリジット様の性格的に、無表情で武装したのだろう。
 そういうところも、きっとブリジット様にとってわたくしに興味を抱くきっかけになったのではないだろうか。
 彼が選択肢から捨てた“笑顔”の武装を、わたくしは使っている。
 女にはブリジット様のような武装の仕方ができないから仕方ないのだけれど。