翌日、朝早くから準備をして馬車で登城する。
今日はフィアナの次の授業の準備をしようと思っていたのだけれど仕方がない。
さすがにエルキュール殿下直々に依頼されていたから、二人の女官が待っていた。
女官に案内されたのは南塔の二階のゲストルーム。
「聖女様と、聖女様と一緒に召喚されたお嬢様の様子はいかがですか?」
「そうですね……正反対――という感じでしょうか」
神妙な面持ちの女官の話によると、ハレノ様はずっと食事を拒絶して引きこもっており、時折ヒメナ様がハレノ様のお部屋を訪れて嫌味のようなことを言って戻っていく。
最初は聖女であるハレノ様の方が豪華な部屋に通されたが、その部屋を奪い取った。
どうやら聖女様は、ヒメナ様に強く出られない性格らしい。
「もしかして、ヒメナ様はなかなかに高飛車な方なのかしら?」
「その――控えめに申し上げて……」
「そう」
さすが、女官は言葉選びが適切というか控えめというか。
いい濁し方というか……いや、もうなにも言わないけれども。
しかし――だとしたらかなりまずい状況だ。
正式な聖女様と、聖女の適性のある少女が同時に召喚された現状。
気弱で押しに弱い聖女様と、高飛車で高圧的で……おそらくは扱いやすい聖女適性のある少女。
エルキュール殿下が婚約を嫌がる容姿の聖女様と、殿下が『結婚するならもう一人の方がいい』と言う容姿の少女。
馬鹿でも今後起こりうる面倒ごとが目に見えるだろう。
頬に手を添えて溜息を吐く。
ひとまずまったく食事を摂られていないという聖女様が最優先だが、ヒメナ様のことも放置はできない。
体が二つあればいいのにとこの時ばかりは真剣に考えてしまった。
「あらぁ、エルキュール殿下に婚約破棄されたロゼリア・ラクルテル様ではございませんかぁ。お城になんのご用でいらしたの?」
二階に上がって部屋の前まで来ると、ずいぶんと高圧的な女官が仁王立ちして声をかけてくる。
立ち止まって案内役の女官を見ると、困ったような横顔。
わたくしの方を見るに見られない、という様子。
改めて仁王立ちしている女官と、その後ろの数名の女官を見ると納得。
わたくしに声をかけてきた女官は、それなりに名のある古い伯爵家の令嬢。
それ以外はあまり力のない伯爵家、新興の伯爵家、子爵家の令嬢。
彼女が一番身分が高いため、みななにも言えないのだ。
頬に手を当ててまた溜息を吐く。
どうしてこう、教養のない令嬢が多いのかしら?
仮にもこの子の実家はそれなりに裕福のはずなのだけれど……教育にはお金を出していないお家なのかしら?
花嫁修行の一環に、社交の勉強は必須のはずなのだが。
「エルキュール殿下に頼まれて、聖女様のお話相手になりにきましたの。聞いておられないのかしら?」
「聞いておりますわ。でも、そんな役目はわたくしたちがいるからあなたは必要ないのではありません?」
「本当にエルキュール殿下の話を聞いた上で、わたくしにそのようなことをおっしゃっているの? 聖女様のお部屋の前でそんなに大きな声を出すのもはしたなくてよ?」
「ぐっ……聞いた上で言っておりますのよ! 王太子殿下に婚約破棄されるようなあなたに、聖女様のお話相手なんて務まるわけがないでしょう!? いつまで殿下に縋りついておいでなのかしら! みっともない!」
今大声を出すな、と言ったばかりなのに、声量が大きくなることある?
エルキュール殿下……確かに練度、階級、家柄も問わないとは言ったけれど……。
頬に添えていた手が危うく額に移動しそうになった。
頭痛がするような感覚がしたので。
「わかりました。そこのあなた、悪いのだけれど彼女と交代する女官を一人連れてきてくださる?」
「え……?」
「は……!? な、なにをおっしゃっているの――」
「本当にエルキュール殿下の話を聞いていたらわたくしにそのようなこと言えませんのよ。だって、わたくし昨日エルキュール殿下直々に聖女様のお話相手に、とお願いされてきたのだもの。女官を十人用意するよう言ったのもわたくし。女官の裁量もわたくしに任せられていますの。聖女様のお部屋の前で大きな声を上げるような女官は必要ありませんので、交代させます。その権限もいただいていますの。ですから代わりの者を連れてきて。急いでいないから、あなたがよいと思う方を連れてきてください」
「なっ……なっ……!?」
案内役の女官の一人にそう言うと、仁王立ちして喧嘩を売ってきた女官が顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる。
話をね、聞いていたらそんなこと言わないのよ。
わたくし、ちゃんと最初に言ったもの。
『聞いておられないのかしら?』って。
聞いた、と言った上でわたくしにそんなことを言うのだから、交代されるのも覚悟の上、ということでしょう?
じゃあ交代よ、交代。
どうやら聖女様は気の弱い方のようだもの。
もうお一方の少女も高飛車な性格のようだし、彼女とは合わないわ。
猫を被っても、信頼関係は絶対築けないタイプ同士。
そんな者を、召喚されてきてこの世界についてなにもわからないお二人に近づけるわけにはいかない。
「殿下にそこまで聞いていなかった――というのなら、それはあなたの落ち度ですわ。そのように指示を出す者の話を聞いていない者はいりません。通常の業務に戻っていただいて結構です。女官を用意していただいたのは、侍女やメイドでは行き届かないところを支えていただくためなのですから」
「っ……そ、そんなこと……!」
「通常業務に戻っていただいて結構ですわ」
にこり、と微笑んで手を階段の方へ差す。
去れ、という意味だ。



