『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


 なにより、ユリッシュはハレノ様の幸せを願っている。
 ハレノ様が元の世界に帰ると言ったら、自分の気持ちを殺して見送るのだろう。
 それは……。
 
「私…………ユリッシュさんのことが……好き、なんでしょうか……」
「どうなのでしょう? わたくしには、そのように見えましたけれど」
「ユリッシュさんと離れたくないな、と思ってしまったんです。でも、ユリッシュさんに大切にされてるって感じる度に、こんなにすごくて優しくてかっこいい人が、なんで私なんかを、って……気持ちが悪いと思ってしまっていて……理由がわからなくて……それが怖くて……」
「ええ」
「護衛対象だから、って言われて納得できたのに、ユリッシュさんは……こんなブスで、鈍臭くて、取り柄らしい取り柄もない私なんかを……好き、かもしれない……なんて」
「あらあら、ハレノ様はご自分をそのように思っておりましたの?」
 
 こくり、と頷くハレノ様。
 まあ……なんてことなの。
 ハレノ様は今の姿を鏡で見ていないのかしら?
 やはり侍女を連れてくるべきだったのだろうか?
 しかし、うちの大事な侍女たちを戦場に連れて行くわけには……。
 なにより、単純に戦えない人間を増やすのは守る側の負担が増える。
 ラクルテル侯爵は表と裏、戦えないものと“影”というように戦闘が可能な者とそうでない者と使用人はいない。
 つまり、離れとはいえ表の使用人たちは戦う術を持たないのだ。
 わたくしの侍女たちも、ハレノ様につけたエミューナも。
 だからこそ、今回の遠征には誰も連れてこなかった。
 たとえ戦場まで連れていけなくても、危険と隣り合わせだから。
 その代わり、王都に残してきたことには相応の意味もある。
 
「王都に戻ったら、ハレノ様の容姿についてはわたくしがしっかり仕上げて理解いただきますわね」
「え……? え……?」
「楽しみですわ。ユリッシュがドレスを贈ると言っていましたから、それにわたくしとわたくしの侍女の技術をすべて用いてハレノ様を世界一美しい淑女に仕上げて差し上げますわね。大丈夫ですわ、ハレノは魔はとても可愛らし方ですもの。そのように卑下される必要はございません」
 
 わからせなければならない。
 ハレノ様が可愛らしい方であるということを。
 ハレノ様ご自身に。
 それならわたくしに任せてくださればいい。
 ヒメナ様が城のメイドたちにどれほど飾られようとも、下地のよさが違うのだ。
 それは根幹が違うということよ。
 
「ユリッシュはハレノ様には不足な殿方ですか?」
「不足!? ぎゃ、逆です、逆! 私の方がユリッシュさんに相応しくないです!」
「本当にそう思っています? わたくしの知るユリッシュはハレノ様がそこまで評価するような男ではありませんわ。あまりユリッシュを過大評価しすぎなのではありませんか? ちょっとがっかりするお話をします? ユリッシュは女性に言い寄られすぎて、自分の妹に理想の淑女像を求めるようになった重度のシスコンですわよ。わたくし、フィアナに授業をつける度、色々言われていましたもの。フィアナは確かに女神の生まれ変わりですけれど、ユリッシュがフィアナに求めるのはその神性さ。そんなもの妹に求めます? 本当に仕方のない人……」
「あ、あは、は……」
「まあ、あまりユリッシュのアレな部分を話してしまうと、ハレノ様に嫌われてしまうかもしれないのでこれ以上は話しませんけれど……フィアナのことを大事に思って溺愛しているのはよく知っておりますから、ハレノ様がユリッシュを受け入れてくださるのでしたらそこだけはご了承くださいませ」
「え、ええ?」
 
 そう言うと、ハレノ様は困惑しながらもゆるゆると視線を落とす。
 それから本当に、それはもう複雑そうな表情のままティーカップに口をつける。
 
「ち、ちなみに、ロゼリア先生はブリジット様と……恋人になったんですか?」
「どうなのでしょう? わたくしもブリジット様も結婚にはまったく興味がありませんの。結婚というか……恋愛というか――いえ、愛、というものを信用していない、と言った方が正しいでしょうか」
「え?」
 
 こんなことを、恋愛に悩むハレノ様に話すのはいかがなものだろうか。
 そうは思ったけれど、わたくしの話がハレノ様の悩みになにか解決の糸口になればいい。
 
「すべての人がそうだとは思わないのですが、わたくしも、ブリジット様も貴族の汚い部分をたくさん……見てきてしまいましたの。まあ、わたくしの場合は……お父様の恋愛事情も……恋愛っていいものではないな、と思うようになった理由の一つなのですけれど」
「あ……」
 
 わたくしの家の事情はアリスと話をしていてそれなりに聞いているのだろう。
 ただ、おそらくアリスもお父様が『自分が一番可愛い』と思っているということには気づいていないのではないだろうか。
 わたくしのお母様を追い出してまで迎え入れた平民の妻。
 振り回されて苦労している自分に集まる同情と、平民の女性と愛を貫いていることへの羨望や賞賛。
 それを浴びて、気持ちよくなっているのだ、あの人は。
 継母はそれに気づいているのかいないのか。
 どちらにしても、あの二人の間にあるのは愛ではない。
 お互いを利用し合う、相互関係に過ぎないのだ。
 それを長年見せられ、巻き込まれてきたわたくしが夫婦愛などというものに希望など持てるわけもない。