最初にダンスの練習を頼んだ時、ユリッシュは“聖女様”に興味を持っていた。
フィアナの命を守るための聖女様。
おそらく、心のどこかで『籠絡して妹を守るために働いてもらおう』とあまりよろしくないことを考えていたに違いない。
ユリッシュはそのくらい、フィアナ至上主義なのだ。
幼馴染だからこそユリッシュがフィアナに寄せる感情の重さの理由はよくわかっている。
年齢が離れているのもあるけれど、ユリッシュにとって自分を性的に見ない女性の希少性はこちらが思っている以上に重要なのだろう。
というより、女の汚い部分ばかり見てきたユリッシュにとっては、フィアナの無垢なところがそれはもう、大切で大切で仕方ないというか。
同じくユリッシュに対して“友人”として接してきたわたくしがフィアナの教育係を務めることは、ユリッシュにとってフィアナを“女性”ではなく“淑女”として育てるために必要なことだった。
そのくらい、ユリッシュにとってフィアナは特別。
世界にとってフィアナは『女神の生まれ変わり』だけれど、ユリッシュにとっては『絶対的な無垢な妹』なのだ。
そこに思うことが、ないわけではない。
でも、ユリッシュが苦しんできたのを見ているわたくしとしてはある程度仕方ないと思っている。
妹に理想の淑女像を求めているのは、変態だなぁ、と思うけれども。
意外かもしれないが、ユリッシュにとってその理想の淑女の姿はハレノ様にも当てはまる。
彼のことを性的な目で見て迫ってこない。
容姿ではなく、中身を見てくれる。
なにより……聖女様としての努力をする姿。
最初こそ、本当に腹黒く『利用しよう』としていただろうけれど、ハレノ様は別にユリッシュのために聖女様の役割を果たそうとしてはいない。
あくまでも、この国のため。
ユリッシュ“以外の”誰かのため。
自らの身を顧みず、しかし、ユリッシュのことを“騎士として”信用して突き進んだあの姿。
……本当に嬉しかったことだろう。
あれで騎士としての自尊心や誇りが高い。
だって、学園を中退状態のまま騎士としての道を突き進んだのだもの。
国を代表する魔法騎士になったのだって、ユリッシュの“騎士として”の矜持ゆえだ。
女性問題に悩まされながらも、国の指折りの騎士となった。
そんなユリッシュの騎士の部分を信じてくれたハレノ様。
そんなふうに信用されたら、“騎士として”護りたいと思うのは当然のこと。
「私、ユリッシュさんのことはかっこいいと思ってますよ……? それって、他の女の人と同じだと思うんですけれど……」
「あら、わたくしもユリッシュのことは美男子であると思っておりますわよ。でも、そこから先はいかがです?」
「え……? …………えーと……かっこいいな、と思いますけど……え? その、先……?」
「ふふ。でしょう? この国の女性はね、ユリッシュを『なんとしてでも自分のモノにしたい』と思って行動を起こすのですよ。たとえ女性本人がそう思わずとも、娘がいる貴族の親なども同じです。ユリッシュにとってその“行動に移す”ところがないハレノ様は“安全”なのです」
「あ……」
「それに、騎士としてユリッシュのことを信じてくださっているでしょう? ユリッシュはあれで騎士としての矜持がとても強いのです。騎士として頼られるのが、とても嬉しいのですよ」
そう言うと、なんだかようやく腑に落ちた、かのような安堵の表情。
もしかして、ユリッシュが自分を選んでいる理由がまったくわからなくてそれが不安だった、とかだろうか?
「すごいです。ロゼリア先生。私そういうの、全然わからなかった。ユリッシュさんが私を、その……すごく大事にしてくれているのは、わかっていたんですけど……理由がわからなくて……」
「そうでしたか。まあ、幼馴染ですらね」
あと、割と見ていてとてもわかりやすいです。
ユリッシュは笑顔の仮面が非常に分厚い方ではある。
しかしそれが完全に剥がれているのだ。
まるで幼い頃のユリッシュを見ているようで、微笑ましくなってしまうくらい。
「“騎士として”護衛対象の私を大事にしてくれていたってことですね」
んん?
「よかった。なんかやっとストンときました……!」
「うーん……まあ、それはそれとして、ユリッシュにとってハレノ様が特別な女性なのは間違いないと思いますわよ」
「え?」
「だってわたくし、ユリッシュがあんな眼差しを身内以外の女性に向けるのを初めて見ましたもの。護衛対象ではあるのでしょうけれど、それと同時に……ハレノ様のことを本当に特別なただ一人の女性として大切に思っているのは、間違いないですわ」
「……そ、それって……」
危うくすれ違わせてしまうのでは、と思ってしまった。
余計なことかもしれないけれど、つけ加えておきましょう。
女性で苦労してきたユリッシュに、別の理由であるとしても苦労を重ねさせるのは可哀想。
応援しようと決めていたしね。
「………………」
「どうかされましたの?」
なんだかまた、絶望的な表情になってしまった。
ユリッシュの“想い人”であることは、ハレノ様にとってそれほど嬉しくないことなのだろうか?
「私……今日……元の世界に帰れるって聞いた時…………帰りたい、帰してくださいって……叫びそうになったんです」
「そうですか……」
やはり帰りたいという気持ちが強いのね。
無理もない。
ハレノ様の元の世界には瘴兵などという危険な存在はないのだ。
安全で、穏やかな元の世界に帰りたいと思うのは無理のないことだろう。
寂しいけれど……。
「でも、声にできなかったんです。ユリッシュさんの姿を見たら……」
「そうですか」
図らずもユリッシュの存在は、ハレノ様を引き留めるモノになったのか。
そしてあの場でユリッシュはハレノ様に「帰らないでほしい」とは言わなかった。
ユリッシュはもう、ハレノ様を利用しようとは思っていない。
ハレノ様が自分で自分のことを決められる強さを持つ女性だと、もう知っているからだ。



