『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「……も……元の世界に、か、帰れ……る……」
「もちろん今すぐには無理だ。魔石を作らなければならない。一ヶ月ほどかかる」
「魔石をブリジット様自ら作る必要がありますのね」
「ああ。同じ人間が作った魔石を百個用意しなければならない」
「ひゃ……百個の魔石を一ヶ月で作れるのですか……!? もしやジヴェ様はロゼリアと同じ主魔児(アルグ)ですの?」
「はい」
 
 というか、この場でお母様とハレノ様以外は主魔児(アルグ)ですわ、お母様。
 まあ、あえて口に出すようなことはしませんけれど。
 
「あとは、やはり国王陛下の許可が必要だ。今の状況で期間が許可されるとは思えん」
「そうだね。ところで、ロゼリアはなにか考えがあるの? さっき僕ら……というか、騎士団と魔法師団の“意見”はいつ開示するつもり?」
「ああ、それなら王都に戻ってきてほしいと連絡が来ていますから、最後の八ヵ所目を浄化し、休養を終えてから戻ると手紙を送りましたわ。婚約発表のパーティーなどいくらでも準備をさせておけばいいのです」
 
 時間が経てば経つほどヒメナ様の化けの皮を剥ぐ準備が進む。
 淑女というのは一朝一夕でなれるものではない。
 エルキュール殿下の言うとおり、淑女になるために教養を身につけようとしているのだとしても時間はかかる。
 わたくしだって今の状態になるまで十五年かかったのよ。
 まして王子妃にはなりたいけれど公務をわたくしに担当させたい、なんて考えている時点で甘えている。
 エルキュール殿下を愛しているのなら、自分で国を支えられるように勉強をすればいいのにそれをする気はない、と言っているようなものだもの。
 
「時間をかけてもいいのかい?」
「ユリッシュ、あなたはヒメナ様にまだお会いしていないからわからないと思うけれど、ハレノ様に話くらいは聞いているのではなくて?」
「……まあ、聞いているけれど……」
「十代後半になってから淑女教育を開始したとして、そんなにすぐ淑女になれると思う?」
「思わないね」
 
 即答。
 当然だ、ユリッシュは様々な女性に言い寄られてきた。
 わたくしの努力も見てきているし、現在進行形で妹フィアナの努力も見ているのだ。
 淑女というものが一朝一夕でなれるものではないということは、彼もよく知っている。
 今はどうやら“淑女になるために努力する健気な少女”を演じているようだけれど、初対面のわたくしにあれだけ敵意剝き出しにして、ハレノ様を暴力で支配してきた彼女が今さら淑女になれるというの?
 無理でしょう。
 ハレノ様の話から、殿方の前では淑女然としているようだけれど、“影”からの報告でわたくしが頼んで擁してもらったメイドや女官を『次々(いとま)を出している』――クビにして追い出しているという。
 つまり、やはり同性の前では本性を出しているのだ。
 おそらく彼女が積み重ねている歌姫の実績など軽く吹き飛ばせる程度の材料を、勝手に自分で積み重ねていることだろう。
 そう思って、辞めたメイドや侍女にはすでに手紙を送っている。
 二コリ、と微笑む。
 
「ええ、だからこちらの準備に時間をかけるつもりなの。空間の割れ目を浄化する大義名分がありますもの。せいぜい頑張って淑女のおままごとをしていればいいと思いますわ。わたくし、聖女の名を騙ったことが一番罪深いと思っておりますの。ハレノ様のように前線で共に戦うこともせず、責任も果たさぬまま名声だけを手に入れようなどと。まして、本来聖女様が得るはずの安泰の生活を奪おうなどと……」
 
 王太子と婚約するということは、国民の生活の一部に責任を負うこと。
 彼女は聖女でもなんでもない。
 ハレノ様を守るとわたくしは“自分で”決めた。
 エルキュール殿下に頼まれたからではない。
 わたくしの意思よ。
 
「ですから、ハレノ様はいったんゆっくり休んで英気を養ってくださいませ。空間の割れ目があるかもしれない場所の調査はユリッシュに任せてもいいのでしょう?」
「もちろん。というか、もう障兵が現れ始めているのはこの町に一番近い村なんだ。目と鼻の先だね」
「障兵が現れているんですか!? じゃあ、すぐに浄化に行かないと!?」
「大丈夫だよ。別動隊が先に到着していて、追い払っているから。ハレノ嬢の聖女としての力が強くなっているのか、君が近づくと障兵が弱体化しているらしいんだ。君は存在するだけで世界を美しくするんだね」
「へっ!?」
 
 ユリッシュが見つめながら微笑むと、ハレノ様が顔を赤くして俯く。
 可愛らしい。
 ふふ、と、つい笑みがこぼれてしまう。
 
「ああ、なるほど。てっきりわたくしも知っているからユリッシュくんも招待したのだと思ったら……そうなのね。あらー。ふふふ。意外ねぇ。わたくし、ロゼリアが結婚するならユリッシュくんだと思っていたけれど」
「お母様」
「ええ? いやあ、まあ……えへへへ。……でも、ハレノ嬢は、元の世界に帰る術ができたのだものね」
 
 珍しくユリッシュが視線を背ける。
 嬉しそうな表情が一変。
 切なそうで、しかし貴族らしく憂いの笑み。
 この場にユリッシュへ陶酔している令嬢たちがいたなら、倒れてしまうんじゃないかしら。
 しかし――そうね。
 ユリッシュとハレノ様の関係性は、わたくしが思っているよりも進んでいるのだろう。
 だからハレノ様もどうしていいのかわからないというような表情なのだ。
 元の世界に帰る、というハレノ様の願いは――今、どうなっているのだろう。
 ユリッシュの存在が、引き留めているのだろうか?