次の行先は南西部の主要都市、オルバグ。
わたくしの実母、ロメーヌは父が継母を迎えたあとにオルバグにあるラクルテル侯爵家の別邸を建て、薬草と瘴気の関係性の研究を行っている。
今のところ瘴気をわずかながら退ける効果を持つ薬草はオーブ草、レスク草。
この薬草を乾燥させてお茶にしたり、練り薬にしたり、精油にして香水にしたりしてわずかではなくある程度……いえ、魔力のない平民にも瘴気を退けられないかという研究をしているのだ。
元々お父様との結婚は家同士が決めたことで愛はなく、わたくしを産んだあとにお父様がエルローラ様を連れてきたことでこれ幸いと故郷に屋敷を建てさせて引っ込んだ。
そして好きなように好きなことをするというのだから、ある意味貴族女性の幸せの形なのではないだろうか。
しかし、南西部とはいってもそれはラグランジュ王国国内での位置。
大陸北部に広がるバミニオスの亡国、ラグランジュ王国と隣接する広大な瘴気の青い森と一番近い。
この青い森と、バミニオスの亡国はかつて女神の生まれ変わりを障兵とバミニオスに捧げた愚かな国のなれの果て。
女神の生まれ変わりを捧げた結果、瘴気に包まれて王都はバミニオスとその兵である障兵に占拠され、生きた人間が瘴気に侵入されて生きたまま障兵にされたという。
大地も瘴気に汚染され、育つ草木はすべておどろおどろしい青。
人の住めない森が広がりそれを見て人類は『女神の生まれ変わりや聖女を捧げても、瘴兵や瘴気の脅威からは逃れられない』『むしろ、女神の生まれ変わりを捧げたことで女神の加護が失われる』と知った。
わたくしたちの住むこの国が無事なのは、女神様が見捨てていないから。
青い森は広がってはいるけれど、ラグランジュ王国の土地には絶対に入っては来ない。
お母様は青い森に汚染されない植物を、この近さを利用して調査しているのだ。
「わあ……大きいですね……! これがロゼリア先生のお母さんが住んでいる町、ですか」
「はい。この町は昔からラグランジュ王国二代目の聖女――ロゼ様に守られており、他大陸の聖女様も聖地巡礼の地として訪ねられることもあるそうですわ」
「二代目の聖女様?」
「ええ。オルバグの町は瘴気の森、青い森の隣にあります。ラグランジュ王国二代目聖女ロゼ様は、そのことを大変嘆かれてこの町を死地に選ばれました。町、ひいてはラグランジュ王国を守るために十年間かけて結界を構築されました。青い森の侵蝕はこの町の100キロ手前で停止して、女神の守りを最大限に引き出した聖女ロゼはこの国でもっとも愛された聖女となったのです」
町の入り口には聖女ロゼの銅像が建てられており、近くに聖女を祀る聖堂がある。
聖女にとっては聖地と言ってもいい場所だ。
まあ、この町のある場所が場所だから縋る存在があるのは大きい。
「そうか……聖女っていっぱいいたんですよね」
「はい。女神の力を使える存在であるため、障兵との戦いに赴く勇敢で心優しく清廉潔白な女性。だからこそ人から尊敬され、愛される存在。その分儚くもあり、短命な方も多いのです。それはわたくしたちのように、守るべき者の力不足。あいらの聖堂には、そういった殉職した聖女様を祀ってありますの。ぜひ、皆様に祈りを捧げてくださいませ」
「は、はい!」
「ですが、旅の疲れを取る方が先ですわ。お母様にお許しをいただいておりましたので、わたくしのお母様のお屋敷に参りましょう」
「騎士団は駐在所の方に部屋を用意してもらっているから、荷物を置いたら会いに行くよ」
「は、はい」
というわけで、一旦ブリジット様とユリッシュは他の騎士たちはオルバグの騎士団駐屯地に向かう。
わたくしとハレノ様は先にわたくしのお母様が棲む屋敷に送り届けていただいた。
わたくしもお母様の住むこのオルバグの屋敷に来るのは初めてだ。
「お待たせいたしました。ようこそいらっしゃいませ。侍女長のクラリスと申します。ご案内いたしますので、中へどうぞ」
「ありがとう」
「お荷物をお持ちいたします」
「よ、よろしくお願いいたします」
家の中に案内され、談話室に通される。
中にいるのはわたくしと同じ銀の髪、橙の瞳の女性。
眼鏡をかけて、白衣も着ている完全に研究者。
九歳の頃に会ったきりだけれど、ずいぶん若い。
「まあ、ロゼリア! こんなに大きくなって!」
「お久しぶりです、お母様」
「あなたが『国一番の淑女』と呼ばれるほど素敵な女性になったのは聞いているわ。なーんて、手紙でやり取りしていたのだから知っているんだけれど! すごいわよねぇ、王太子殿下の婚約者に抜擢されたのでしょう? あ、でももう婚約破棄したんだっけ? 聖女様が来るから、聖女様と結婚するって言っていたわよね。それじゃあ今回の聖女様が新しい王太子殿下の婚約者なのかしら? 初めまして~、わたくしはロゼリアのお母さんのロメーヌでーす」
「あ……は、初めまして。えっと、京ヶ瀬晴乃と申します」
「はあ……」
記憶の中のお母様は、もっと冷静な女性だと思っていたけれど……。
なんというか、生き生きとしているからストレスのない生活をしておられるのだろう。
それにしても、若干余計なことまで話す人ね。



