「ただ、世界中を見てきた結果、俺の母親のような貴族女性は珍しくないということ。あなたのような聡い女性が結婚に興味を持てないのは当然だと思う」
「まあ、バレておりましたの?」
「普通の貴族女性なら俺の婚約の申し込みを親を理由に保留にさせることはないからな。それに、あなたと話をしていると、そういう考え方なのだろう、と伝わってくる」
「バレたのは初めてですけれど」
「それは、そのくらいあなたを“見て”いるからだ」
真っ直ぐに見つめられる。
この人は最初からこう。
わたくしのことを観察している。
わたくしのことを見て、知ろうとする。
その姿勢。
わたくしも興味があることは追及したい人間だけれど……この人はなぜそんなにわたくしに興味を持ったのかしら?
「あの、わたくしわからないのですけれど」
「なんだろうか?」
「わたくしが普通の令嬢ではないから、興味をお持ちになりましたのよね?」
「ああ。あなたは俺が見てきた女性の中では、見たことがないほどに“自分の足で立っている”女性だからだ。どうしたらそんなふうに育つのか、どんな生き方や考え方をしているのか。もっと知りたくなった。そして――知れば知るほど、あなたと夫婦になりたいと思うようになった」
「それは、なぜです?」
わたくしの中身を知ったら、あまりそんなふうには思わないと思うのだけれど。
だって、わたくしもブリジット様も結婚にはあまりイメージを持っていないようなのに。
「あなたのような聡い女性に認められたい。あなたとなら、夫婦の絆を築けるのではないか、と」
「夫婦の――」
絆。
思いもよらない、言葉。
夫婦の愛情ではなく、絆……。
友情よりも特別で、愛よりも固い。
そんな気がする言葉だ。
「ああ……なんだか、しっくりときました。わたくしも夫婦の愛にまったく信用がならなかったのです。絆は……信頼ですわね」
「ああ。俺も夫婦の愛は信用できない。だが、信頼なら不滅だろう。同じ志を持ち、ともに歩んでいきたいと思っている」
「いいですわね。……わかりました。王都に戻ったらお父様にブリジット様との婚約について話してみますわ」
面白いことをおっしゃる。
それに、その考え方の夫婦にはわたくしも興味があるわ。
この人となら、お父様やお母様、継母のような夫婦ではなく、まったく新しいタイプの夫婦の形を作れそう。
愛で結ばれるのは貴族にとっていいことだけではないもの。
この人となら結婚して、夫婦になってみたいかもしれない。
「では、部屋まで送ろう」
「はい、お願いします」
部屋に送っていただいて、おやすみなさいを言って扉を閉める。
なんとも不思議な感じ。
わたくしにもこんな感覚を感じる心があったのね。
ふう、と息を吐き出して、隣のベッドが空いているのに気がつく。
ハレノ様のベッドである。
三ヶ月も討伐遠征に来てくださって、そろそろどこかの療養地でゆっくり休んでいただいた方がいいかもしれない、と思っていたけれど……。
「あら?」
宿の中庭から人の話し声?
もしかして、と思ったら案の定……ハレノ様とユリッシュ。
この三ヶ月であの二人の距離感は夜に二人きりで散歩をするほどに縮まっている。
未婚の男女が人目もない夜に、と思うけれど、人目は……あるか。
中庭は宿の部屋から丸見えだもの。
ベンチに二人で座って話をしている。
ハレノ様はユリッシュのマントを肩にかけてあたたかそう。
ガラスに指を添えて、眺める。
ユリッシュの表情……わたくし、見たことがないわ。
フィアナに向ける表情に似ているけれど――。
「そう……やっぱり、そうなのね」
そしてハレノ様。
苛烈な戦いの旅の中で、さらに痩せて綺麗になられた。
自身のなさそうな表情は、今は恋する女の子の表情。
心身ともに健康で、強く優しい世界中から大事にされるべき聖女様。
肩を並べて戦うことで、二人には明確な絆が育まれている。
しかし、あの妹以外の女性に嫌悪感すら持っているユリッシュが……あんなに心を開いているのだから……。
恋人、なのかしら。
「よかったわね、ユリッシュ」
幼馴染だからこそ、あなたが恋をして幸せそうなのが嬉しい。
――本音を言うと、わたくし、結婚するのはあなただと思っていたの。
幼少期、初めて会った時に……きっと恋をした。
初恋はきっと、ユリッシュだった。
いやね、そんなことを思い出して自覚して、同時に失恋した。
自覚して失恋したので、二人を全力で応援することにしましょう。
今のわたくしには新しい道がよく見えているし、わたくしはユリッシュのこともハレノ様のことも大好きだもの。
幼い頃の初恋も綺麗な思い出。
まだまだ、障兵討伐の遠征の旅は続く。
「た、ただいま……」
「あら、お帰りなさいませ。湯浴みは住みましたか?」
「は、はい。でも、それで暑くなってしまって……ユリッシュさんに湯冷めしない程度に散歩しようって誘ってもらって……」
「湯冷めしないのでしたらよいと思いますわ。そうですわね。もう夏なのですものね」
「異世界にも春夏秋冬があるんだ、ってユリッシュさんに聞いて、そんな話をしていました。もうすぐ恋人の祝祭っていうのがあるんですね」
「ええ。夏の第四週にありますわ。その頃には……そうですわね、もしもハレノ様や、騎士団の皆様がよろしければ……わたくしの実母が住んでいる南西部の主要都市、オルバグに行って一週間ほど休みませんか? 到着したら討伐。討伐したら翌日には移動。移動に数日、十数日という旅でしたもの。すこしゆっくりとこの国の文化に触れていただきたいですもの」
「い、いいんですか?」
「もちろんですわ」
むしろ、それが許されないのならわたくしが全力で勝ち取りますわ。
ハレノ様は頑張っていますもの。
王都の様子も、気になりますしね。



