『ぐるるるるる』
『ぎ、いい、る、るるる』
「障兵!」
「ハレノ様、わたくしの後ろへ!」
ハレノ様が指差した方向から、夥しい数の瘴兵が現れる。
本当に、なにもないところから、湧いた。
「あそこです! 今、瘴兵が湧き上がったところ! あそこに割れ目があるんです!」
「では、僕たちが道を切り開こう。ロゼリア!」
「ええ、わたくしがハレノ様をお連れするわ。さあ、参りましょう、ハレノ様。道は騎士たちが作ってくださいます。割れ目に触れる時間はわたくしが稼ぎますから、今度はわたくしたちを信じてくださいませ」
「まずは数を減らす! 俺に任せろ!」
ブリジット様が手を突き出す。
一瞬で現れた瘴兵たちが猛火に巻かれ、そのまま渦となった炎に空へと連れ去られて消えて行く。
だが、次々と瘴兵は湧き上がる。
瘴兵……わたくしも本物は初めて見るわ。
顔はなく、どこから唸り声を出しているのだろうか。
それぞれに剣や槍、盾を持ち、モヤを纏いながらふらふらとこちらに近づいてくる。
「特攻陣形を取るよ! ロゼリアは続いて! 疾風沈剣!」
「今です! ハレノ様、ユリッシュの背中を追いかけましょう!」
「は、はいっ」
よた、よた、と息切れしながらもついてくるハレノ様。
わたくしのように身体強化もできないハレノ様だが、絶対に諦めようとしない眼差しだけは前を向いている。
その眼差しに胸が熱くなった。
この人は――元の世界に帰りたい、と言っていたのに。
この世界の事情に巻き込んでしまった。
それでも勇気を振り絞って、わたくしたちを信じて進んでくれる。
ああ、なんてすごい方なのだろう。
わたくし、この方のために命を懸けられるわ。
本当に怖いだろうに。
本当は帰りたいだろうに。
それでも諦めずに、わたくしたちを信じてついてきてくださるのだ。
目の前に十人ほどの障兵が槍を構えて突撃してくる。
正面から来る敵はユリッシュが切り裂き、側面から来る敵はわたくしが炎で追い払う。
しかし、わたくしには割れ目がどこかわからない。
だが、ハレノ様は突然しゃがみ込み、人差し指を地面から数十センチくらいのところに突き出す。
なに?
「消えて!」
白銀の光が周囲に広がる。
ハレノ様の指先が、第二関節あたりから消えている!?
あ、いえ……空間に割れ目があるわ!
あ、あれが通常の空間の割れ目!?
想像以上に、ち、小さい……!
あんなもの聖女の空間の割れ目を感知する能力がなければ見つけられないわよ!?
『ぎゅるるるる』
『ぎる、あ、あ……』
白銀の光が半円形になって広がっていく。
光に触れた瞬間、障兵が霧散する。
周囲を見回すと夜のように暗くなっていた。
恐らく瘴気。
その瘴気が、ハレノ様の浄化の光で消えていく。
夜から昼に変化したように見える。
「なくなった……」
「すごい……」
「空間の割れ目が、消えたのか?」
「あれだけ濃い瘴気が一瞬で!?」
騎士たちも突然すべての障兵が消え去り、困惑した様子。
だが、白銀の光が周囲の瘴気も浄化しきったのだと認識すると笑顔に変わっていく。
「げほげほッ!」
「ユリッシュ? どうしたの?」
「瘴気を、少し吸ってしまったかな……?」
「だ、大丈夫ですか?」
突然剣を落として跪くユリッシュ。
咳き込んで、口を手で覆う。
瘴気は魔力を持つ貴族にはあまり影響がない。
魔力が防御してくれるから。
だから魔力を持たない平民には、非常に危険。
瘴気を吸うと、体の弱った臓器に病を発症させる。
主魔児のユリッシュが瘴気を吸い込むなんて……。
「魔法技を使った一瞬の隙に吸ってしまったのだろうね。ま、まあ、そのうち魔力が戻れば消えるよ」
「なにを言っているの! わたくしの魔力を送るわ。病を発症してからでは遅いのよ」
「病気に、なってしまうんですか!? わ、私に浄化、できますか?」
「よろしいのですか? ぜひやってあげてくださいませ」
跪いたユリッシュの肩にハレノ様が手を置いて目を閉じる。
するとすぐに白銀の光が浮かび上がった。
今日、今さっき初めて浄化の力を使ったとは思えないほどにハレノ様は聖女の浄化の力を使いこなしているわね。
「体が、楽に……。魔力が、全快した?」
「ど、どうですか?」
「元気になったよ! すごい。一瞬で……! ありがとう、ハレノ嬢」
「よ、よかった」
はあ、とハレノ様がその場で座り込む。
周辺を見回すが、他の危険は見当たらない。
わたくしもホッと胸を撫で下ろす。
聖女様の浄化の力のすさまじさを、まざまざ見せつけられたような気がする。
これが――聖女の浄化の能力。
障兵を退けるだけではなく、消滅させることができる。
これは……革命だわ。
「私、上手くできましたか……?」
「もちろんですわ! むしろ、上出来すぎです!」
「うんうん。これでマゴ村は完全に大丈夫!」
「ああ。まさしく聖女だな」
「さすがハレノ様! ありがとうございます!」
「ありがとうございました! 聖女様! おれ、この辺りの村の出身なんです! もうこれで安全だよって実家の家族に伝えられます! 本当にありがとうございました!」
ブリジット様や、他の騎士も近づいてきて次々ハレノ様を称賛する。
人に褒められ慣れていないハレノ様の、あたふたした姿が可愛らしい。
でもしっかりと享受していただきたい。
この称賛は、あなたがあなたの力と行動で得た正当なものなのだから!



