『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「ずいぶんと恥知らずなことを平然とやらかされましたのね」
「本当に。正気の沙汰とは思えない。というか、それ本当にエルキュールが? 本気で? そんなことをするようなやつじゃなかったのに……!?」

 頭を抱えるユリッシュ。
 本当に、エルキュール殿下はどうしてしまったのかしら?
 そんなに――ヒメナ様は魅力的な女性には思えないのだけれど。

「王子様、変わっちゃったんですか?」
「こんなふうに人の手柄を平然と横取りするような人ではなかったのです。人の努力は正しく評価する人でしたもの」
「ああ……でも、男の人ですよね? 姫菜(ひめな)は男の人を味方にするのがすごく上手いです。その男の人を褒めたり、おだてたり元気づけたり、その男の人の敵みたいな人を陥れてその人の手柄ってことにさせたりして……言い方は悪いですが、手のひらの上で転がすっていうか……」
「まあ……」

 それはそれは。
 しかし、エルキュール殿下はその手の女への耐性はあるはず。
 仮にも王族――王太子として育てられているのに、まんまと引っかかったというのはにわかには信じ難い。
 とはいえ、ハレノ様の表情は真剣そのもの。
 さらに言えば事実、エルキュール殿下はわたくしたちの知る彼とは思えない行動をしている。
 しばらく距離を取ると言っていたのに、その約束が果たされていないのも彼らしくない。

姫菜(ひめな)は……そういうのが昔からすごく上手いんです。小さな頃、男の先生がそうやって姫菜(ひめな)だけを甘やかすようになって……クラスはみんな、姫菜(ひめな)に逆らえなくなって……」
「下品ですわね」
「だから……多分、その……王子様も……姫菜(ひめな)が特別になってるんだと思います。そうなったらどうしようもないですし」
「どうしようもないって――」
「ええ。エルキュール殿下は王太子。“どうしようもない”では、済まないこともございますのよ」

 まして、今回は“聖女様”を騙った。
 エルキュール殿下が以前言っていた『王家の聖女』『歌の聖女』として公表するのも許されざることだというのに、実行したばかりか本物の聖女様であるハレノ様を差し置いて民衆の前に出るとは。
 恥知らずにも程があります。
 陛下は殿下のそのような所業を快くは思っていないようだった。
 わたくしたちが帰る頃には、訂正されていることを祈るしかないかしら?

「ただ、今回のそれはやりすぎですわね。ハレノ嬢のこれから行う遠征の手柄を丸ごと奪おうとしておりますのよ? わたくし、それは寛容し難いと考えておりますの。少々反撃の材料は用意させていただきますわ。よろしいかしら?」
「へぁ……あ、え、あ……わ、私には……わからないです……」
「では、こちらでそのようにさせていただきますわね」

 本来なら、ハレノ様がご自身で前へ出ればよいのですが。
 ハレノ様はそのようなことができる性格ではない。
 それならばこちらから手を回して、ハレノ様の尊厳をお守りすればいい。
 幸い『やめて』とは言われませんでしたからね。
 まあ、こちらで色々準備させていただきましょう。
 ずいぶん好き放題していただいているようですから。
 ええ、道理も筋も通さず、権威を振り翳し、私欲を優先させるのなら貴族流のやり方でやり返されても文句はないのでしょう?
 わたくしにもユリッシュにもジヴェ様にも手を回さずに実行したのですから、その覚悟も反撃があることも予測済みでしょうから。
 なにより、殿下はわたくしのことをちゃんと理解しておりますわよね?
 幼馴染ですもの。
 わたくしを敵に回したらどうなるのか……あなたならわかりますでしょう?
 まさか知らないとは申されますまい。
 ねえ? エルキュール殿下?

「ハレノ様の許可もいただきましたし、わたくしは早速準備をしておきたいです。本日は自由にしてもよろしいかしら?」
「じゃあ、ハレノ嬢は他の騎士と交流しておこうか? 明日、背中を預けるのだから話を聞いておくといいんじゃないかな。僕がずっと側にいるから大丈夫だよ」
「あ……そ、そうですね。私、素人だし」
「それなら――ああ、いや……そうだな、明日戦地へ赴くのだ。聖女の力がどんなものなのか、見ておきたい。俺も聖女に同行しよう」

 一瞬、ジヴェ様はわたくしの方を見た。
 しかしすぐに首を横に振って、己のなすべきことに目を向けたようだ。
 そのことに、なぜか安堵している自分がいた。
 いやだわ、わたくしどうしてほっとしたのかしら?
 もしも、またジヴェ様にあんな眼差しで見つめられたら……わたくしはまた、動揺していつものわたくしではいられなくなりそうなのだもの。
 あれは、なんなのかしら?
 思い出しただけでも顔が熱くなる。
 あんなに、真っ直ぐに他者から興味関心を向けられたのが生まれて初めてだから?
 なんとなく、それだけが理由ではない気はする。
 不思議ね。
 わたくしにもこんな、自分でも不可解に思うことがあるのね。

「っ」

 そして、またジヴェ様と目が合う。
 わたくしを見つめていた?
 いえいえ、そんな、まさかね?

「ラクルテル侯爵令嬢」
「ロ、ロゼリアで結構ですわ、ジヴェ様」
「では、俺のこともブリジット、と。それで、ロゼリア嬢。もしよければ、昼食は一緒にどうだろうか?」
「まあ、そうですわね。昼食はご一緒いたしますわ。わたくしも明日、背中を預ける騎士様たちと交流しておきたく思っておりますから」
「……そうか」

 気のせいよね? なんだかしょんぼりしているように見えるのは。
 絶対絶対、気のせいよね?