「それにしても、わたくしからすると明後日出発というのはかなり急なのだけれど……」
「準備は元々進められていたからねぇ。実を言うと僕らは先行部隊。本体は一週間後に出立の予定。つまり、ハレノ嬢の了承が得られたから、少人数の先行部隊に同行させよう、ということになったんだろう。いきなり大部隊の真ん中に鎮座させては緊張させてしまうだろうから」
「それはそうね」
ハレノ様の性格を思うと、絶対に首を横に振るだろう。
人数を聞くと先行部隊は二十人程度。
本隊は八百人ほど。
ただ、本体は王都から出てからそれぞれ百人規模で別の地域へ派遣されるそうだ。
つまり、障兵の被害が出ているのは八ヶ所。
多い……。
「団長としては西から順番に浄化を行って回ってきてほしいみたい。そのあたりまでハレノ嬢に話している?」
「初めて聞いたわ」
「ああ……。僕もさっき聞いたからなぁ……」
はあ……と、二人で溜息を吐く。
騎士団長もお忙しいのだろうけれど、そういうことは早く言っていただかないと。
「まあ、でも途中で帰りたかったら帰ってもいいんじゃないかな。残念なのは女神の日の歌を聴けないこと――だったけれど、今月の女神の日の楽しみはなくなったから別にいいかー。フィアナに会えなくなるのだけが悲しい」
「そうね……」
深くは突っ込むまい。
でも、まあ女神の日の楽しみがなくなったのはわかる。
出発は急に感じたけれど、女神の日の歌姫がアリスにならなかったのはある意味僥倖。
もしもアリスが歌姫だったら見られないところだったもの。
――ある程度打ち合わせを終えて別宅に帰る。
エミューナとともに、ハレノ様はまるで旅行の準備でもするかのよう大きめのバッグに荷物を詰めていた。
わたくしも準備を頼みつつ、ハレノ様に遠征の予定を話す。
「八ヶ所……そんなに瘴兵に襲われている村や町があったんですね」
「はい。瘴兵は空間の隙間から瘴気として侵入し、手当たり次第、しらみ潰しに女神の生まれ変わりを探します。徹底的に村や町に住む若い女性を狙うのです。女性を守ろうとする男は群がって殺すといいますわ」
「わ、若い女性を……その、狙って……ど、どうするんですか?」
「女神の生まれ変わりかどうかを確認するといいますが、確認の方法は誘拐です。瘴気溢れるバミニオスの亡国に連れ去られ、死なないかどうかで確認されるそうですわ。女神の生まれ変わりならば、瘴気の中でも死ぬことはないから――と」
「っ……! そんな! それじゃあ……どのみち助からないじゃないですか……!」
「ええ。だからこそバミニオスと瘴兵は人類の敵なのです。そして、それらに対抗できる力を持つのは、瘴気を消し去る浄化を支える聖女のみ。魔法では、瘴気を退けることしかできないのです」
瘴兵は何度追い払われてもその村や町の若い女性がいなくなるまで、執拗に襲ってくる。
そうしてじわじわと村や町は衰退して――滅ぼされるのだ。
この国に限らず、村や町は瘴兵が現れた時点で引っ越しを始める。
村や町ごと引っ越すことで、瘴兵たちは探すべき対象がいなくなったと認識して現れなくなるから。
瘴兵たちが現れなくなってから戻ってくることもできるが、その間の経済的な損失は計り知れない。
それに引っ越している間、家や畑が盗賊に荒らされることもある。
まったくもって、ろくなものではない。
「その引っ越しして空になった村や町に、騎士団や冒険者が派遣されて瘴兵を退治するとより、瘴兵が現れなくなる間隔が短くなりますの。その村や町に一日でも早く住人が帰れるように……。しかし、結局追い払っただけですから……」
「それで聖女の力が必要……なんですよね。でも、私、その聖女の力って扱えるんでしょうか?」
「聖女の浄化はイメージすれば使うことができると言われていますが――練習してみましょうか?」
「は、はい!」
荷造りをメニたちに任せて、ダンスホールで聖女の浄化の力の練習をしてみることにした。
本番で使えないのは、危険すぎる。
とはいえ、わたくし魔法は教えることができるけれど聖女様のみが使える浄化の力についてはさっぱりわからないのよね。
魔法と同じ要領で使えるものなのかしら?
「えっと……とりあえず浄化のイメージしてみましょう。魔法と同じように使えるものであれば、自分の中の魔力を放出する、というイメージですわ。うーん、それなら先に魔法を使ってみた方がよいのかしら? ハレノ様はどちらの方がイメージしやすいですか?」
「呪文とかはないんですかね……?」
「文献はわたくしも読んでみましたが、歴代の聖女様は詠唱など用いていなかったようです。呪文の文言などの記載は一切ありませんでした。聖女様は平民から現れることも多く、魔力の有無は関係ないそうです」
「そうなんですね」
だからはやはり魔力は関係がない――のかしら?
情報が少ないのは仕方ないけれど、文献はありったけ読んできたから嬢の力に呪文が必要ないのは間違いない。
「歴代の聖女様は瘴気に“触れる”ことができたそうです。気体にしか見えない瘴気に触れ、触れるだけで、瘴気を消滅させるのだと。瘴兵に対しても同じく触れた瞬間に瘴兵を消滅させるそうですわ。……しかし、やはり数の力には勝てません。歴代の中には騎士たちの力不足で瘴兵の波に呑まれて亡くなられる方がいたそうです」
「えっと、それってつまり……直接触らなければならない、ということですか?」
「直接見たわけではないのでわかりませんわ。瘴気に触れられるのであれば、瘴気を纏い瘴気が人型をとった瘴兵に触れることもできるのかもしれません。それに、聖女様には浄化の力の強化した事例が多いそうです。そのほとんどが、王族と結婚したあと、突如浄化の力が強化され、結界のようなものが作り出せるようになり中に入った瘴兵が途端に消滅したのだとか……」



