『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「あの、ロゼリア先生。わ、私、障兵の討伐遠征、い、行きます」
「まあ……!」

 帰宅してすぐに出迎えに出てこられたハレノ様の第一声に驚いた。
 あんなに嫌そうで怖そうにしていたのに、いったいどんな心境の変化だろうか。

「食事をしながら詳しくお聞きしてもよろしいですか?」
「は、はい」
「では先に着替えてまいりますわ。先に食堂でお待ちくださいませ」
「は、はい」

 自室に戻り、部屋着に着替えてから食堂に向かう。
 食事の内容はサラダと鳥の香草焼き、オニオンスープ、蒸し野菜。
 ハレノ様の世界のものを参考に、献立は毎日研究結果のように変化している。
 お父様が調味料を別邸にも提供してくれるようになったから、味もだいぶ改善された。
 温かいうちにいただきましょう、とフォークを手に取る。
 さて、それでは突然の心境の変化について、お聞きしましょうか。

「それで、ハレノ様。玄関でおっしゃっていた件なのですが……どうして了承してくださったのですか?」
「えっと……エミューナに、この世界のことを色々聞いて……メニさんからも、ロゼリア先生が実家の人に私のせいですごく、言われてるって……」
「まあ……メニ……」
「申し訳ありません。しかし……」

 わたくしにしては珍しいくらいあからさまに怒りを滲ませて睨みつける。
 メニ、わたくしへの忠誠心は高いのを感じていたけれど、なんて余計なことを。
 瘴兵討伐の遠征は命懸けだ。
 わたくしへの恩返しのように軽率な考えで決められては困る。

「待ってくださいっ、メニさんに聞いたのは私です! なんか、あの……よく、呼び出されていたので……!」
「まあ……」

 頰に手を当てて困った顔をする。
 確かに――つまらない理由で、よくハレノ様がいるのに離席してしまっていた。
 心配されて、わたくしが呼び出された理由をメニに聞いていたのね。
 メニも馬鹿正直に話さなくてもいいのに。

「それに、エミューナの故郷が瘴兵に襲われた話とか……も……聞いて……」
「……そうですか」

 エミューナは元々孤児院から引き取った子。
 チラリとエミューナの方を見ると、涙を溜めてわたくしに頭を下げた。
 どうやら嘘ではないらしい。
 溜息を出してしまった。
 エミューナが孤児院に来た理由まで……興味がなかったわたくしの落ち度ね。

「弁解させていただきたいのですが、エミューナの故郷のことはわたくし、今の今まで存じ上げませんでした。親がなく、田舎の孤児院から王都の下町の孤児院に来たとは聞いておりましたが。意図してハレノ様の侍女に据えたわけではありませんのよ」
「わ、わかっています! それも聞きました! だって、エミューナが孤児院からここに引き取られたのは、私が来る前だからって」
「そうですか」

 わざと瘴兵に襲われて住む場所や両親を亡くしている元孤児を侍女に当てがった、と思われたら、と心配したがそれはないようだ。
 ハレノ様からの信用を失ったのかと冷や冷やしてしまったわ。

「けれど、お願いした側なのにおかしなことをと思われるかもしれませんが――瘴兵討伐の遠征は本当に過酷ですわ。ハレノ様に怪我がないよう、危険がないよう専属護衛こそつけますけれど、それでも戦場に行くのです。命懸けの戦いの場です。覚悟はよろしくて?」
「はい」

 瞳が揺れたのを見逃さなかった。
 はっきりと肯定の言葉を返してくださったけれど……。
 いえ……そうよね。
 こんなことを言っても、わたくしだって本物の戦場に行ったことはない。
 ハレノ様をお守りする覚悟はあるけれど、戦場に出たらわたくしの方こそ恐ろしくて逃げ出そうとしてしまうかもしれないわ。
 ハレノ様もわたくし同じよね。
 覚悟はある。
 そのつもりでいる。
 本物の戦場に出たら――わからない。
 肩を落とす。

「わかりましたわ。ハレノ様がその気になってくださったのは僥倖です。実はわたくし、本日城に行ってハレノ様が遠征に了承してくださった時にもたつかぬよう、ハレノ様の専属護衛になれるように手続きをしてきましたの」
「えっ」
「ですから、遠征にはわたくしも同行いたしますわ。戦闘の術を持たないエミューナやメニを同行させるわけにはいきませんので、ご不便をおかけするかと思いますが……わたくしがハレノ様の身の回りのお世話をいたしますわね」
「え……ええええ!?」




 というわけで、翌日早速ハレノ様のご意思を城に伝えた。
 手紙を受け取った騎士団の動きは驚くほど早く『二日後に出発できる』という返信がその日のうちにきて驚く。
 そういえばユリッシュも『遠征の準備は割と終わっている』と言っていたっけ……。
 ハレノ様の了承待ちだったのか、聖女なしでも向かう予定だったのか。
 よくわからないけれど、わたくしやハレノ様の防具や荷物のほとんどはこちらで用意しているので確認に来てほしいことや、他に必要なものがあれば早急に用意してほしい――という。
 ユリッシュから追加で『僕も確認したけれど、女性に必要なものを持ってきたらいいと思う。ハレノ様とロゼリアのものは女騎士が用意したから、不備はないと思うけれど』とある。
 仕方ないので、急遽城の騎士団本部に行って確認することになった。
 まあ、確認した結果問題はなさそう。
 
「食糧のリストもありがとう。こんなものなのね」
「基本的にシェフが同行するわけではないから、食事は期待しないでほしいかなぁ。でも、近くに村や町があれば君たちはそちらの宿に泊まってくれていいよ」
「検討するわ。でも、料理ならわたくしもできるしハレノ様の食事はわたくしが作るわ。いいかしら?」
「もちろん。食材については――」
 
 ユリッシュとそんな相談をしてから帰宅する。
 自分たちの荷物の準備をしなければならないから。