「ハレノに瘴兵討伐の遠征に向かってもらう件の説得は、任せていいか? ロゼリア」
「ええ。今朝その話をしておりましたの。ハレノ様の立場を守るためにもそれは必要でしょう。行く場合はわたくしとユリッシュが同行して、ハレノ様をお守りしますのでご安心ください」
「あ、ああ。よろしく頼む」
ああ……ギスギスとした空気。
表面上はいつもの幼馴染の友人、のまま。
しかし、ユリッシュの口数がわかりやすく減っている。
これは機嫌が悪い時のユリッシュの特徴。
普段の彼は貴族然としているが、彼の中の“親しい身内”名前だと子どものような態度になるのだ。
エルキュール殿下もそれを知っているから、明確に視線があちこちに流れている。
無理もないけれど。
わたくしも取り繕うのに必死だけれど。
「ではエルキュール殿下、今の発言、騎士団の方にも伝えておいてくださいませね。その方が話が通りやすいので」
「へ? あ、え?」
「シーカ様、お任せしてもよろしくて?」
「かしこまりました。すぐに手配します」
まあ、それはそれとして殿下から“わたくしも討伐遠征に聖女様の専属護衛として同行してもいい”という言質をいただけたので早速使わせていただこうと思う。
護衛騎士の一人に声をかけると、すぐに察して頭を下げてもらえることができた。
王子の護衛騎士といえば騎士団の中でも独立した近衛騎士。
彼の方から騎士団に話が通る。
大丈夫、殿下の言質なら取ったので。
まあ……この反応速度――先程の主人公の失言を間近で聞いていたのだから、贖罪の意味もあるのだろうけれど。
表情があまりにも申し訳なさそう。
そうよね……エルキュール殿下の護衛騎士のお三方も、わたくしたちと同じく幼少期からの殿下をご存じだもの。
殿下があんなことを言うなんて思わなかったわよね。
「では殿下。わたくしたちはこのあとも予定がありますから、このあたりでお暇いたしますが……くれぐれもヒメナ様との距離についてはよくよくお考えくださいませ。歌姫として選出してしまったことは――今回だけになさってください」
「わ、わかっている」
「それに、ヒメナ様が淑女教育に熱心とお聞きできたことはわたくしとしても僥倖でしたわ」
「え……?」
頰に手を当てる。
きっと殿下には伝わっているだろう。
心なしか後ろの護衛騎士のお三方の顔色も青ざめている気がする。
それでいい。
今日は殴らなかったが、その分精神的にしっかり反省していただかねば。
殴るだけが、長々言葉を重ねるだけが、お仕置きでもお説教でもない。
ただ美しく微笑むだけ。
「そんなに淑女教育に興味を持っていただけたのなら嬉しいですわ。ぜひ、わたくしにも授業をさせてくださいませ、とお伝えください」
「ヒッ……」
「では殿下、ごきげんよう」
そしてただ、完璧にお辞儀をするだけ。
喉を引き攣らせたような声を漏らしていたので、殿下にもちゃんと伝わったようでなにより。
「ロゼリアはやっぱりすごいなぁ」
「まあ、わたくしも動揺が隠せなかったわ。まだまだ未熟者ね」
「君が未熟なら僕は半人前だよ」
「そうね。でも仕方ないわ。今回ばかりは……」
殿下の姿が見えなくなってから、ユリッシュはフードつきのマントをかぶる。
そうしなければ城のメイドや、サロンに来ている令嬢に見つかって絡まれてしまう。
わたくしと一緒では変な噂も流れかねない。
しかし、空気が重い。
本当に、よほどショックだったのだろう。
まだ衝撃が抜けきっていない。
「わたくしも――いえ、これ以上この話はやめましょう」
「うん」
「わたくしはこのあと王宮魔法師団に用があるの。あなたは?」
「僕も騎士団に顔を見せて、ハレノ様の専属騎士になれるように手続きしてくるよ。遠征の準備の進捗も聞いてくる。元々の予定もあったから、八割九割は終わっているだろうけれど」
「そう……。だとしても、聖女様がいるといないでは大きく違うものね」
「ああ。護衛対象がいる上に、君が加わるのなら配置も変えなければならないからね。その話もしてくるよ」
「余計な手間を増やしてごめんなさい。騎士団にもなにかお贈りするわ」
「気にしなくていいよ。『国一番の淑女』が加わることは騎士団としてもさほど大きな配置換えには繋がらないからね」
あらあ、それってわたくしを守る配置にはしないということかしら?
もちろんそのあたりの騎士に負けるつもりはないけれど。
いささか失礼なことを言っているのではなくて?
「……あまり引きずらなければいいのだけれど……」
ユリッシュとも別れ、呟く。
無理だろうな。
今まで小さな喧嘩はしたことがあるけれど、今回の殿下の失言はわたくしとユリッシュにとって努力を丸ごと否定されたようなもの。
誰かに――親しくもない敵意のある者になにを言われてもなにも響かないが……わたくしもユリッシュもエルキュール殿下は、わたくしとユリッシュの努力を一番身近で見てきた人だと信頼を置いていた。
彼の努力を知っているからこそ……信頼を置いていた友人からの努力を踏み躙る言葉には、本当に傷ついてしまったのだ。
わたくしはある程度切り替えられる。
大丈夫、彼が努力してきたのを知っているから、彼は反省できる人だと知っているから……。
でもユリッシュはあれで繊細。
信頼できる人間も本当に限られてるし、殿下のことは幼馴染としても男としても唯一無二と言ってもいいほどに大切な友人――親友だと思っていたはず。
わたくしよりもずっと傷ついているだろう。
多分、もう同じ目で殿下を見られないのではないだろうか。
確実に溝ができた。
殿下もそれを理解っている。
ユリッシュはあの見た目で男性の友人らしい友人が殿下しかいなかったから、わたくしよりもショックだったはずだ。
「はあ……」
でもこればかりはわたくしでもどうすることもできない。
今は、ハレノ様の遠征の準備に集中しよう。



