ようやく、城でヒメナ様がどう過ごしていたのかを教えてもらう。
苛烈な性格だから、てっきりわたくしが呼び出されると思っていたがそうならなかった。
その日のうちに、わたくしを模倣し始めたらしい。
淑女にとって必要なもの――教養をほしがり、わたくし以外の家庭教師をエルキュール殿下にお願いして呼び寄せ、今では“歌姫候補”に上がるほど気品を備えたという。
そして、エルキュール殿下はヒメナ様のその努力を認めて、王妃様にヒメナ様を引き合わせた。
王妃様が『最低限の礼儀作法はできている。本当に、最低限。及第点はあげられませんが』という評価。
まあ、付け焼き刃ではそうだろう。
だが、王妃様に“最低限”認められたと殿下とヒメナ様は喜んだ。
その評価を携えて、歌姫選定評議会に直談判。
ヒメナ様の立場を盤石なものにするべく、今月の王都の歌姫として歌わせることにしたと。
「つ、つまりだな、ヒメナのことは……王家が認めた『歌の聖女』ということにするつもりなのだ。聖女の予備などという立場では、可哀想だろう?」
「反対ですわ」
「反対だね」
「な、なぜ!?」
「そもそも、その『歌の聖女』という呼び名は国王陛下や王妃様が認めているのですか?」
と、問うたところ、スッと身を背けられた。
ああ、エルキュール殿下の独断、ですか。
頰に手を当てて深く溜息を吐く。
「当然ですわね。聖女という呼び名は特別です。女神様の対をなす存在のことですもの。ですからいかなる褒め言葉の中にも『聖女』という言葉は使われない。使われてはならない。確かにヒメナ様は異世界から来られた特別な少女ではありますが、それでもやはり、彼女は“聖女”ではありません。その称号と呼び名を認めるわけにはいかないでしょう。もちろん国王陛下がお認めになるのなら、わたくしから申し上げることはございませんが」
「な、なぜそんなことを言うんだ……! ヒメナは努力している! この二週間程度でここまで成長したのだぞ!? もっと認められてもいいのではないか!?」
「そうですわね。でもそれとこれとは話が別ですわ」
王妃様に“最低限”認められている礼儀作法を身につけられたのは、純粋に素晴らしいと思う。
わたくしを見てわたくしの“戦い方”を模倣することを選んだというのなら、ヒメナ様はわたくしが思っていた以上に小賢しい。
いえ――。
「狡猾ですわね。わたくし、少々侮っていたようですわ」
「ヒメナ嬢かい?」
「ええ。この世界の、貴族の戦い方を身につける方向に転向しているようです。さすがに陛下や王妃様まで誑し込んではいないのですが……」
「な、なんだ」
ちらり、とエルキュール殿下を見る。
自覚は……少しはあるようね。
「殿下、呑み込まれてはいけませんわよ。来たばかりの頃の彼女の性格は、治るものではありません。皮を被って永遠に脱がないというのなら信用してもいいでしょう。ですが、その確信はないでしょう?」
「そ、それは……だ、だが! お前を見て、考え方が変わったかもしれんだろう!? お前は誰しもが憧れる『国一番の淑女』。お前の姿に憧れて、自分もそうなろうと……」
「まあ、ヒメナ様をずいぶん過小評価されておりますのね? 彼女がそんなタマだと思いまして? わたくし、今回の件でヒメナ様の印象がだいぶ変わりましたわ。どうやら歓楽街を牛耳る器だったようですわね。わたくしのお継母様と同じ程度と思っていたことを反省いたしましたわ」
「っ……」
決して、国を守る側の女性ではない。
彼女は、支配者側ではある。
しかし断じてよい意味の支配者ではない。
あれは人を恐怖や暴力、嘘と脅しで操作して言いなりにさせるタイプの支配者。
貴族のお父様に取り入って、周りから冷めた目で見られてどんどん余裕をなくしてヒステリックになっている継母など、ヒメナ様に比べるととんだ小物だ。
認識を改める必要がある。
わたくしに会い、この世界の“貴族”の戦い方を経験してすぐに模倣と、模倣するための術を学ぶという選択肢を取るとは。
かなり頭がいい。
小賢しい方で。
そして、非常に狡猾。
わたくしと同じぐらいかもしれませんわね。
「殿下、出し抜かれてはなりませんよ。あなたはこの国の次期国王。王太子なのです。どれほど努力していても、その目的は決してよい意味のものではありません。人を暴力と嘘で支配しようとする人間が、根本的にかわるはずがありませんもの。聖女という言葉と立場をヒメナ様に使うのは絶対に反対です。彼女を“歌姫”として女神の日に歌を歌わせることは、もう仕方がないと思いますが、そのために多くの候補者を踏み躙ったことだけは絶対に忘れないでくださいませね」
「なぜ、彼女の努力をそんな言い方をして否定するんだ……!?」
んん?
ティーカップを持ち上げかけて、手を止める。
ユリッシュも奇妙に感じたのか、「そんなことは言っていないよ」とフォローを入れてくれるがエルキュール殿下の目は真剣そのもの。
その姿に、奇妙な感覚を覚える。
「殿下、貴族に生まれた以上努力をしていない者はおりません。彼女だけが努力しているわけではありませんわ。なぜそんな言い方をなさるの?」
「俺は、彼女が努力している姿を隣で見てきたんだ。彼女の努力は報われるべきだろう!?」
「努力は――報われるべきだとわたくしも思いますが……」



