『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


 しかし、言っていることはこの国の貴族としてよくわかる。
 そしてハレノ様の味方だからこそ、ハレノ様の立場を思えば今回の継母の言い分には一理ある。
 全面的に同意しないのはもちろん、お継母(かあ)様の見栄が多分に含まれているからだ。
 まだハレノ様の方から挨拶に来い、なんて言っているのだからまったくもって……はあ……。

「ハレノ様にはご検討いただくようにお願いしてみますわ。わたくしもこの国の貴族の端くれですもの。国民が傷つけられていたら黙ってなどおれません。必要ならば、わたくし自身で瘴兵と戦います」
「……っ……」

 その覚悟はできている。
 ハレノ様一人に背負わせたりしないし、ハレノ様一人を戦いの場に赴かせるつもりもない。
 このことで侯爵家に批難が及ぶというのなら、わたくしが捩じ伏せる。

「ご用件はそれだけですか? では、わたくしは戻らせていただきますわね」
「は……早くしなさいよ!」
「ごきげんよう、お継母(かあ)様」

 頭を下げて、応接室から出る。
 使用人たち、アールドの絶望したような表情。
 侯爵家の跡取り候補のわたくしが、瘴兵と戦うなどと言ったからかしら?
 でもわたくし、一応在学中に騎士団の試験も受けて受かっているのよね。
 入団自体は保留という形にしていただいたから、ハレノ様と一緒に行くのなら受け直して融通を利かせていただこうかしら。
 魔法師団の方でもいいわね。
 わたくし、剣よりも魔法の方が得意だし。

「あら?」

 別邸に戻ろうと表に出ると、玄関前のロータリーに、馬車が停まっているのが見えた。
 アリスとユシスが貴族学園から帰ってきたのだろう。
 ……結果は……どうだったのかしら?
 わたくしが先に結果を聞くのもハレノ様に申し訳がないから、先に別邸に戻って二人の報告を待ちましょう。
 そう決めて、早足で戻る。
 別邸のダンスホールに戻ると、わんわんと泣きじゃくるアリスをハレノ様が抱き締めて宥めていた。
 その姿を悔しそうに眺めるユシスと、困ったように腕を組んで見守るユリッシュ。
 あらあら、まあまあ。

「ただいま戻りました。ユシス、アリス、お帰りなさい。アリス、早速だけれど、淑女がお客様の前でそのように泣いて……よろしくありませんわよ」

 とはいえ、アリスが歌姫になるために歌のレッスンを頑張っていたのは知っている。
 可愛い妹の努力が実らなかったことはとても残念。
 ハンカチを取り出して、目元をとんとんと軽く叩いて涙を拭う。

「だって……だって……っ」
「姉様、アリスは悪くないんだ。今回、発表会すら行われていないんだから」
「発表会が行われなかった? どういうこと?」
「ひっく……ひっく……っ……王家から……“聖女様”が今月の、王都の歌姫をするって……。で、でも、ハレノさんはやりたくないって、言ってたから……おかしいなって、思って……ひっく」
「き、きっと姫菜(ひめな)です……」

 思わず眉を顰めてしまった。
 頰に手を当てて、ユリッシュを見上げる。
 ユリッシュも珍しいぐらい眉を寄せて、わたくしの方を見た。
 ……そうよね。

「王家からの通達ということ? ユシス」
「うん。朝、登校したらすぐに先生たちから『発表会は中止』と言わらて、理由を聞いたら『聖女様が歌うから』と。我が家で聖女様を保護しているのはみんな知っているから、ハレノ様はそんなこと望んでいないと言い返したんだ。そうしたら、先生は『王家が保護している聖女様だ』とかわけのわからないことを言って……」
「それは……ヒメナ様ね。でも、ヒメナ様を聖女と謳い女神の日の歌姫として正式に起用するなんてどういうつもりなのかしら? わたくしはなにも聞いていないのだけれど」

 なにより、ヒメナ様の保護者もわたくしということになっている。
 なにをどうしてそんな話になったのかしら?
 てっきりヒメナ様に手を焼いてお城からわたくしに『なんとかしろ』と呼び出しが来ると思っていたのに。

「ひ、姫菜(ひめな)は……偉いと人に取り入るのが、本当に、上手い、から……」
「まあ、王家ともあろう一族が、簡単に取り込まれたりはいたしませんわ」
「あ……そ、それは……まあ……そ、そうかもしれませんけど……」

 ましてあんなヒステリックな少女ごときに。
 特に王妃様は、あの系統の少女が大嫌いのはずだもの。
 国王陛下はもちろん、若いというだけであの頭の悪そうな少女を認めるわけがない。
 エルキュール殿下も、あの手の女性に迫られるのは本当に苦手だから、幼馴染で女友達という認識のわたくしを婚約者という盾にして逃げ回っていたのよ?
 ありえない。

「いいかしら? ユリッシュ」
「もちろん。アリスも僕にとっては可愛い妹のようなものだもの。エルキュールに聞いてみるよ。明日は登城予定だしね」
「お願いね」

 ユリッシュも同じことを考えていたのだろう。
 やはり直接確認する他ない。

「さあ、アリス。そろそろ涙を引っ込めて。ユリッシュが確認をしてきてくれると言っているわ。そもそも、今月の女神の日の歌姫に落ちたくらいでなんですか。来月、その次の月にチャンスはあるのですよ? 今月の候補者の一人に選ばれたということは、来月からは候補者の常連になれたということです。他の方より、選ばれる可能性が限りなく高い存在となったということなのよ。だからこそ、未来の歌姫がいつまでもそんな顔をしていてはダメ。涙を流す暇があったら練習しましょう。……ハレノ様、よろしいかしら? 本日はダンスの練習の予定でしたが、アリスの歌の練習を見てあげたいのですが」
「も、もちろんです……!」
「お姉さま……ハレノさん……ご、ごめんなさい。ありがとう」