アリスはまだ不満そうだが、本人がやりたいことをやらせるのが一番だろう。
貴族というのは制限が多い上、フィアナはさらに体調管理の面もあって叶えられる望みが少ない。
その中でできそうなことを自分で考え、挑戦してみたいというのならさせてあげたい。
自分で考えての挑戦は、成功体験も失敗経験も、生きていく上で無駄になどならないだろう。
「その代わり、難しいと思ったらすぐに相談するのですよ」
「はい! もちろんです! 先生っ」
「では、フィアナが使いたい太鼓の希望を出しておいてちょうだいね。注文するから」
「はいっ」
「それじゃあ、あたくし今度の女神の日のコンサートの歌姫を目指しますわ! 魔力が少なくたって、歌がうまければ選ばれますものね?」
「ええ、女神の日の歌姫は歌の上手さで選ばれます。魔力は音楽……楽器で奏でる方に乗せればよいのですから」
「えっと、歌姫……っというのは?」
ハレノ様がおずおずと、しかしわたくしたちの世界のことを知ろうとしてくださっている!
それがとても嬉しくて、つい笑みが溢れてしまった。
「歌姫は魔力を乗せる祭日に歌う女性のことですわ。聖女様が望ましいとされていますが、聖女様は基本的にお一人だけ。各地、各国に同時に現れることはできませんから、その祭日限定の歌姫を歌の上手い女性の中から選ぶのです。女性の方が魔力が高いので、自然に女性の歌い手に限られているのがわたくしはもったいないと思うのですが……」
「そうなんですね。じゃあ……歌が上手ければアリスちゃんも選ばれる可能性が高いってこと、ですか」
「はい」
「そうなの! あたくし、魔力は低いからせめて各祭日に引っ張りだこになるお姉さまみたいな歌姫になりたいの! だから、歌の練習は特に頑張っているのですわ!」
確かに、アリスは歌のレッスンは本当に熱心。
わたくしの知らないところでもやっているようで、歌は本当に上手いと思う。
「ロゼリア先生も歌姫、なんですか……?」
「「そうなのですわ!」」
「あらあら」
チラリと上目遣いで見上げられる。
ハレノ様の質問に、まるで食人魚の如き勢いで前のめりになるアリスとフィアナ。
ああ、ハレノ様が驚いている。
「お姉さまの歌は本当に綺麗なんですのよ! 一度聴いたら絶対に忘れられませんわ! 国一番の淑女と呼ばれるだけあって、祝日は国中から引っ張りだこなのですの!」
「最近は練習していないから、もうそんなことはないわ。去年の祭日に歌姫に選ばれた方々の方が上手いわよ」
「そんなことないですっ! わたくし、ロゼリア先生の透き通ってどこまでも届くような歌声が大好き!」
「まあ、ありがとう、フィアナ」
いつも控えめなフィアナにこう言われて、悪い気はしない。
一応王太子の婚約者として恥ずかしくないよう、歌の練習も頑張ったから。
女神の生まれ変わりであるフィアナにそう言われたら、報われた気持ちになる。
「ハレノさんも絶対好きですわ! お姉さまの歌声はまさに花のよう華やかで、風のように軽やかで、空のように透明なのです!」
「まあ、アリス。その、空のように……は、あまり褒め言葉としては使わないかしら?」
「え、えええ……?」
「い、言いたいことは伝わってきましたよ!」
ハレノ様ったら優しい。
しかし、なかなかに感性で暴走しがちなアリスをあまり甘やかさないでほしいものだわ。
「昼食をお持ちします。こちらでよろしいですか? それとも、外のガゼボの中でお食事なさいますか?」
「ここで食べましょう。今日は風が冷たいわ」
「かしこまりました」
公爵家の使用人が声をかけてきたので、昼食の場所はサンルームにした。
さて次はまだ外で訓練をしているユシスとユリッシュに昼食の時間だと伝えなければ。
たったの二時間程度だが、ユシスはすっかり泥だらけだ。
「まあ、ユシス。着替えは持ってきているの?」
「ね、姉様……! い、いえ、あの……こんなに夢中になると思わなくて……」
「あらあら、仕方のない子ね。ユリッシュ、古いワイシャツなどあるかしら?」
「ああ、あるよ。レディたちと食事を共にするのだから、軽く水浴びしてから行くね」
「ふふ、よろしくね」
ユシスのことはユリッシュに任せておけばいいだろう。
水を浴びて着替えてくるのならだいたい三十分くらいだろうか?
食事の準備は十分くらいだろうから、それまでフィアナの太鼓の大きさなどを聞いておこう。
「ハレノさんは楽器に興味ないの?」
「え、えーと……学校ではリコーダーとかなら、習うんだけど……」
「りこーだー?」
「ふ、笛?」
「フルートですか?」
「縦型の笛?」
「まあ、なんのお話ですか?」
わたくしがいない間にフィアナとハレノ様がずいぶんスムーズに会話するようになっている。
思った以上に仲良くなったらしい。
帰ったらフィアナに会ってみた感想を聞いてみようかしら。
「ハレノ様に興味のある楽器を聞いていたのです! そしたら笛ができるみたいで」
「リコーダーっていう縦笛で、この世界には多分ないですッ」
「アリス、ハレノ様が困っているわ。それなら今月の女神の日にハレノ様と一緒に街に出てみたらいいのではないかしら? ハレノ様は女神の日自体初めてでしょう? アリスが今月の歌姫になれたら、その姿を見にわたくしも行きたいわ」
「わたくしも! アリスねえさま、いつ今月の歌姫が決まるのですか?」
「明後日です。王都の歌姫は競争率が高いけれど、在学中に絶対歌姫として歌いたいのです!」
「アリスねえさまならなれますわ!」
「うん、頑張る!」



