『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


 数日後の週の休日。
 ユシスとアリス、ハレノ様とともに公爵家を訪れた。
 公爵夫人と公爵様に簡単なご挨拶。
 ハレノ様が人見知りであることは事前に手紙で伝えていたので、気を使ってくださったのだろう。

「では、サンルームにフィアナを待たせているので、今日もお願いしてもいいかしら?」
「はい。もちろんですわ、夫人。では行きましょう」
「はーい!」

 公爵夫婦に頭を下げてから、庭に作られたサンルームに向かう。
 サンルームは公爵夫妻が体の弱いフィアナのために作ったもの。
 あたたかく、しかし陽の光をちゃんと浴びることができる場所。
 中には花壇と、棚、簡易キッチンや勉強部屋がある。
 勉強部屋の隣には小さなテーブルと椅子が四つと、来客用ソファー。

「あら」

 中にいるのはフィアナとユリッシュ。
 アリスが中に入るなり、駆け足でフィアナの方に向かう。

「フィアナさま、ユリッシュさま! こんにちは!」
「こんにちは、アリス様。あ、ロゼリア先生!」
「こんにちは。ユリッシュもごきげんよう」
「久しぶりだね、ロゼリア。おや、もしかして――」

 お久しぶりです、と頭を下げるユリスとアリス。
 しかしすぐにフィアナとユリッシュの視線はハレノ様に向けられる。
 そうよね、この国でこんなに黒い色の髪を持っているのは珍しいものね。
 それに事前に手紙に書いておいた。
 聖女、ハレノ様が同行すると。

「まあ! もしかして、その方は――」
「ええ、紹介しますわね。ハレノ・キョウガセ様ですわ」
「は、初めまして。ハレノと呼んでください」
「ハレノ様、こちらが今代の女神の生まれ変わりであるフィアナ・パシュラール公爵令嬢ですわ」
「初めまして、フィアナ・パシュラールと申します」
「君がそうなのか。初めまして、僕はユリッシュ・パシュラール。フィアナの兄です」
「わたくしの幼馴染ですわ」

 全員の挨拶が終わってソファーに座る。
 さっそくノートを開くフィアナ。
 教科書をテーブルに出して、授業を再開する。
 読み書きはハレノ様。
 計算はフィアナ。
 アリスにはマナー。
 ユシスは外にユリッシュに剣を学ぶことにしたらしく、木剣で訓練を始めた。
 サンルームはガラスでできているから、ここからでもよく見える。
 ただ、ユシスの攻撃をユリッシュはすべて片手で流していて、必死なユシスが少し可哀想に見えるほど。
 というか、ユリッシュが戦っているところを始めてみたけれどダンスでも踊っているかのような優雅さ。
 そんな戦い方をしたらそりゃあご令嬢たちも黄色い悲鳴を上げるでしょうよ。

「あううーーーーん……ずっと俯いていると体が硬くなりますー。ハレノ様、あたくしたちも剣の訓練に参加してきません!?」
「ええええ!?」
「もう、アリス。無茶を言わないの。それならせめて午後はダンスをしましょう。フィアナの体調はどうかしら?」
「はい、大丈夫です! それに、元々そろそろダンスの練習を始めないといけないってお母様に言われていたんです」
「そうよね」
「そ、そうなんですか……!?」
「そうなのですよ。社交が始まるのは十歳から。フィアナは今九歳なので、そろそろダンスを覚えておかないと、必要になった時に困ってしまうのです。他にもなにか楽器を覚えないといけませんね。フィアナは体が弱いので、吹奏楽器よりは弦楽器がいいかしら?」

 頰に手を当てて考え込むと、フィアナは小さく手を挙げて「ロゼリア先生、わたし、太鼓を叩きたいです」と言い出した。
 た……………………太鼓……。

「太鼓なら叩くだけですから、貧弱なわたしでも奏でられるとおもうのですっ」
「まあ……フィアナ。確かにそうね。……でも、あのーわー、言いにくいのだけれど、太鼓は腕力が必要なのよ。フィアナの細い腕では難しいかもしれないわ」
「え……ええ?」

 自分なりにできる楽器を考えたのだろうけれど、太鼓は難しいのではないだろうか。
 まず、楽器の管理ができない……いや、持ち運びができないという意味で。
 ハレノ様が不思議そうに「発表会でもあるんですか?」と聞いてくるので、貴族学園であるのだと教えた。

「女神様は音楽をこよなく愛されていた、と言われておりますの。新しい年を迎えた時や、女神の日という祝日、恋人の祝祭、秋の収穫祭、冬の星祝祭など貴族は魔力を音楽に乗せて奏でることで、土地や空間に魔力を流して瘴気を流し込む裂け目の発生を抑えたり、畜産物や農作物の収穫量をあげたりいたしますの」
「す、すごく大事なことなんですね……!」
「はい。フィアナは魔力がありませんし、アリスも魔力は少ないですが貴族である以上やらないわけにはいきません。わたくしもお祭りごとに歌わねばならないので……フィアナはお歌を頑張ればいいのではないかしら?」
「えええ……!? わたしが、歌!? 無理です無理です! 歌は魔力のある、一番歌が上手い淑女の役目ではないですか!」

 顔をブンブン横に振るフィアナ。
 しかしそこはアリスが「えー! なんでそんなことを言うの!? フィアナは声が綺麗だし、女神の生まれ変わりなのだからピッタリよ!」と胸を張る!
 わたくしもそう思う。
 この世界を作った女神の生まれ変わりであるフィアナが歌えば、魔力が乗っていなくてもなにか――祝福がありそう。

「は……恥ずかしいですし」
「えー!」
「よしなさい、アリス。フィアナは太鼓がやってみたいのでしょう? 難しくてもまずはやってみたいことをやってみたらいいわ。それで無理そうなら次にやってみたいことをやって、それも無理ならできそうなものをやりましょう。歌も、なんだかんだ体力が必要だもの。オススメはできないわね」