『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


 主魔児(アルグ)は母の魔力をそのまま受け継いで生まれるため、主魔児(アルグ)を産んだ女性は以降魔力を失う。
 つまり公爵夫人は今、魔力を失っている。
 それでも主魔児(アルグ)以降の子にも、魔力は普通に受け継がれるから不思議なものだ。
 しかしフィアナには魔力がない。
 女神の生まれ変わりは魔力を持たないのだ。
 
「つまり、二人分の魔力を持っている人、ってことですか?」
「はい。そうです。主魔児(アルグ)は貴族にしか生まれてきませんね。そして、比較的珍しくはありません。しかしわたくしのような女性の主魔児(アルグ)は珍しいですわね。十数年に一人だと聞いたことがあります」
「えっ。ロゼリア先生も主魔児(アルグ)なんですか……!?」
「ええ」
 
 だからわたくしの実母は今、魔力を失っている。
 その状態で数人の護衛とともに田舎に暮らしているのだから、心配。
 まあそれを逆手にとって瘴気を薬草などで阻めないか、研究しているようだけれど。
 
「あの、それじゃあ……ユシスくんとアリスちゃんは……」
「魔力は母体依存ですので、魔力のないエルローラ様から生まれたユシスとアリスは魔力がほとんどないに等しいんですの。それでもお父様側からの魔力と、魔力を伸ばす訓練を幼少期からやっていたおかげで今は貴族として最低限の魔力はあると思いますわ。でも、それでも公爵家の跡取りとしては不安ですし、アリスに至っては嫁の貰い手があるかどうか……。あったとしても第一夫人にはなれないでしょうね……」
 
 頬に手を当てて、深い溜息を吐く。
 わたくしとしてはユシスが望むなら侯爵家を継ぐのは構わないと思っている。
 ただ……魔力の有無は重要だ。
 魔力、魔法を使えることは貴族が貴族たる所以。
 ユリッシュのように女神の生まれ変わりと聖女様を守り、国を守るために魔力は必要不可欠なのだ。
 本人たちの努力で貴族として最低ラインまで魔力を高めることができたとしても、その先は希望がない。
 ユシスが平民に対して嫌悪感が強いのも、母親への恨みからくるところが強いのだと思う。
 貴族学園ではさぞ色々言われて、つらい思いをしたのだろう。
 あの子たちはなにも悪くないのに、本当に可哀想。
 
「生まれで差別されちゃうんですね……」
「我が家が特殊なのですわ。味方によっては、お父様は身分の差など考えずに愛を貫いたとも言えます」
「た、確かに」
 
 と言ってもお父様は自分が一番可愛い人。
 物は言いようだと自分でも思うけれど、美談に見ようと思えば見える。多分。
 貴族視点から見れば、ユシスもアリスも見下されてしまう存在だが、平民の視点から見れば魔力を持ち衣食住を保証され、十分な教育を受けられているのだ。
 貴族からすれば底辺だとしても、平民から見れば恵まれている。
 そんな板挟みの存在。
 ユシスはだいぶひねくれてしまったけれど、アリスはまだ、明るくふるまえる余裕がある。
 それでもやはりお年頃だもの。
 よく二人のことを見ていてあげなければ。
 
「あの、もしかして……ロゼリア先生が別邸に住んでいるのは……ユシスくんとアリスちゃんの気持ちを考えて……ですか?」
「それもありますわ。わたくしは侯爵家第一夫人の第一子という立場だけでなく、主魔児(アルグ)でもあり魔力を豊富に持っております。女性の主魔児(アルグ)は珍しく、かつ母体が子の魔力量に影響することを思えば、貴族にとって“手が出るほどほしいの母体候補”ですから。あの子たちにとって、わたくしは見たくもない存在でしょう」
 
 加えて、つい最近までエルキュール殿下の婚約者だった。
 ユシスとアリスの嫉妬対象になるとますますややこしい。
 幸いというか、エルローラ様の意地の悪い性格を一切受け継がずに立派に育っているが……もし実母の言うことだからとわたくしへの謗りを当然とするような子たちになっていたら、別邸に追いやられるどころではなかったかもしれないわね。
 エルローラ様がユシスとアリスに向き合わず、自分のことばかり優先していたおかげでわたくしが二人の教育に入り込むことができた。
 ……やっぱり教育って大事ね。
 
「恵まれすぎているから、ですか」
「そうですわね。だから家で親から愛されなくても、別邸に追いやられても、それはわたくしが生まれた時にたくさん愛も運もいただいたからだとおもっておりますの。親の愛はユシスとアリスがもらえたらそれが一番いい。わたくしがもっているもので、人にあげられるものは与えようと思っておりますの。産まれた時のお母様から魔力を全部いただいて、お母様の家での立場も貴族としての未来もだいぶ奪ってしまいましたもの。その分をより多くの人に、返したいのですわ」
 
 綺麗ごとだと自分でもわかっているけれど、今まで自分とともにあった魔力が急になくなって魔法が使えなくなった恐怖を思うと、そのくらいして当然だと思うのだ。
 人の幸せを産まれながらに奪ってしまったから、わたくしはその分を他者に与えなければならない。
 他者を幸せにしなければならない。
 そう思う。
 結婚に幸せは見いだせないから、それがわたくしの幸せ。
 
「――ロゼリア先生の方が、ずっと聖女みたい……」
「まあ、おほほほほ。わたくしハレノ様ほど純粋無垢ではありませんわ。敵と見做せば容赦しませんわよ」
「え? あ、え……?」
 
 時折、褒め言葉として『聖女のように慈悲深い』などと言われるがとんでもない。
 わたくしとハレノ様は決定的に腹の黒さが違う。
 聖女様というのは、純粋無垢で慈悲深いものだ。
 わたくしとは正反対。