『今度召喚されてくる聖女と結婚する』と婚約破棄した婚約者が泣きついてきたんだが殴っていいだろうか?


「あ、あの……ロゼリア先生……わ、私、ダイエットしようと思います」
「ダイエットですか?」
「は、はい。昨日アリスちゃんと話して……お、お揃いのワンピースを、買おう、という話をしまして」
「まあ」

 昨日、アリスは貴族学園から帰ってきてすぐにハレノ様とお話しをしたらしい。
 よほど楽しくお話ししたのか、すっかり仲良くなったようだ。
 その上で、お揃いのワンピースを買う、だなんて。
 まあまあ。まあまあ。
 しかしそのためにダイエットだなんて。
 確かに痩せられた方が、健康的にいいとは思う。
 なによりご本人はまだその気がないとは思うが、瘴兵と戦う時に身軽な方が危険も減る。
 ユリッシュが騎士団には太っているのにすごく俊敏で、しかしその重量を活かした戦い方をする騎士がいるとか言っていたけれど、それは特殊な例だと思うし。

「とてもよいお考えだと思いますわ。もちろん、協力させていただきます」
「あ、ありがとうございます」
「では、ダイエットについて少し考えましょう。食事は脂を少なめなものにして、読み書き以外にダンスと歩き方のも追加しましょうか。姿勢を整え、体の正しい使い方を覚えるだけでも大きく違うでしょうし、ダンスという運動で脂肪を燃焼するのもいいと思いますわ。ダンスは社交の場でも必要となりますしね」
「ダ、ダンス……」
「大丈夫ですわ。わたくしがお教えいたします」

 ドン、と胸を叩くと、ハレノ様が肩を落とす。
 長い前髪の隙間から、困惑が滲んでいる。

「ロ、ロゼリア先生、できないことがないの? すごい……なんでも教えてくれますね……」
「人になにかを教えるということは、それだけ多くのものを学ばなければなりませんから。では、運動のしやすい服を用意しますわね。わたくし、ちょっと用事があってお父様に面会してこなければなりませんの。文字の読み書きの練習をしながら少々お待ちくださいね」
「わ、わかりました」

 ハレノ様を談話室に置いて、本宅の方に向かう。
 昨日の話――継母が出かけたあと、父に呼び出されたわたくしは本宅に向かった。
 呼び出された内容は案の定、新しい婚約者の話。
 はあ、と深々溜息を吐いてしまう。

「こんにちは、お父様。ハレノ様を待たせておりますので、本日も手短にお願いしますわね」
「あ、ああ。まあ……それは……うん」

 相変わらず曖昧な返事。
 また出そうになる溜息を呑み込み、応接室に入る。
 ソファーに腰掛けると、執事長が紅茶とお菓子を持って入ってきた。

「聖女様のご様子はいかがですか?」
「いらした時とは比べ物にならないならないほど、明るくなっていると思うわ。最近はわたくしの顔を見て話してくださるようなったの」
「では、奥様と旦那様へのご挨拶は――」
「まあ、アールド。聖女様を連れてこいというのかしら? お父様たちが聖女様にご挨拶をしたい(・・・)というのならわかるけれど」
「――そうでございますね」

 王侯貴族と聖女様なら、聖女様の方が重要度は圧倒的に上。
 執事長のアールドがどういう意図でハレノ様に本宅へ来いと言いたけだったのかはわからないけれど、目上の者を呼びつけようとするのは礼儀がなっていない。
 父の方を見ると、目を背けられる。
 継母がなにかまた、ヒステリックに我儘を言ったのかしらね?

「お父様、あまりアールドを困らせてはいけないわ。可哀想よ」
「お嬢様」
「わ、わかっているよ。まあでもその……わ、私が言うよりは角が立たないと思ってね」
「そんなわけがないでしょう? ねぇ、お父様いい加減にしてくださる? わたくし、別に今の待遇に不満があるわけではありませんの。離れに追いやられても、住めば都と申しますか……意外に楽しくやっております。むしろ、とても広い自分の部屋をもらえたようで快適てすわ」
「そ、そうか。それならよかった」

 ほっとしたような顔で笑う父。
 その様子に眉を寄せてしまう。
 親子だからこそ、父のこの反応は情けなくて仕方がない。
 継母の言いなりで、わたくしの実母も故郷に帰ってしまった。
 離縁こそしていないが、第一夫人でありながら第二夫人の平民に屋敷から追い出されたと王都では笑いものになっている。
 そして父は、平民の第二夫人の言いなり。
 否定しようもないほどに、その通りの現状。
 思わず頭を抱えたくなる。

「よかった、ではありませんのよ。お父様が社交界でどのように言われているのかご存じ? お継母(かあ)様は社交の場でわたくしのサポートもなしに上手い立ち居振る舞いができていると思ってらっしゃるの?」
「そ……それは……」
「わたくし、お継母(かあ)様に――エルローラ様に乞われれば社交場のマナーを教えることは、むしろ喜んでしたことですのよ? お父様はエルローラ様を御するほど甲斐性がないご様子。わたくし、結婚してこの家を出ることはいいのですが、わたくしが家を出たあとどうなってしまうか心配で仕方がありませんわ。そのあたりはどうお考えですの?」
「も……もちろん……それは……」

 本当かしら?
 一向に目が合わないのだけれど?

「エルローラ様はユシスに我が家を継がせたいと考えているのでしょう? 昨日も話しましたが、わたくし自身はユシスに侯爵家を継がせるのは構いませんわ。ただ、その場合わたくし、エルローラ様が我が家で今まで通りに生活できるとは思えませんの」
「う……」